見出し画像

リトアニアPirtis編④ プロサウナ師とプロサウナ愛好家の養成アカデミー

これまで紹介してきたラウメさんのように、サウナ浴のホストとして、入浴者にウィスキングやマッサージなどのセッションを提供する「サウナ師」にあたる職業を、一般的にはBath Masterと呼びます。リトアニアでは、理学療法士などのように国家資格があるわけではありませんが、2020年現在Lietuviškos Pirties Akademija(リトアニア・ピルティス・アカデミー)International Bath Academy(国際バス・アカデミー)という、国内・国際向けの民間バス・マスター養成機関が運営されています。そして事実上、この機関における課程を受講・修了した人たちが、みずからをバス・マスター(サウナ師)と名乗り、国内外のサウナで営利活動を行なったりもしています。

今回は、この両機関の創設者であり学長を務めるRimas Kavaliauskas氏。そして、アカデミー運営者・講師のひとりでもあり、ここまでもいろいろなお話を聞かせていただいているラウメさんことBirutė Lenktytė-Masiliauskienė両氏へのインタビューや、実際に見学させていただいた課程の一環のワークショップ内容についてレポートします。

アカデミー設立の動機は、利を生む力のある伝統の再興

画像1

↑リマスさんがサウナストーブも含めて自ら設計、施工に携わったスモークサウナ。サウナ愛好家にはおなじみの、作曲家とくさしけんごさんのMUSIC FOR SAUNA 1作目のアルバムのジャケットに写るサウナは、実はここ!

Lietuviškos Pirties Akademija(リトアニア・ピルティス・アカデミー)と International Bath Academy(国際バス・アカデミー)はそれぞれ、2000年代に入ってから首都ヴィルニュスを拠点に設立されたNPO団体です。広い意味での「入浴」を指すBathという言葉があてがわれていますが、実際には北欧や中東欧に古来息づく蒸気浴、つまりリトアニアのピルティスやフィンランドのサウナ、ロシアのバーニャなどを指しており、入浴中の施術のなかでもとくにウィスキングがメインに据えられています。

国内外の人々が、このユニークな伝統文化について体系的・体験的に学ぶためのさまざまな機会を提供してゆくのが協会の目的であり、アカデミーと名はついていますが、決まった「教育課程」を提供し認定をおこなうことだけが活動のすべてではありません。例えば、ウェブを通じた最新情報の発信、ディスカッションのプラットフォーム提供、イベントや視察旅行の開催なども積極的におこなっています。

また、両者はそれぞれ独立しており、別のウェブサイトを持ってはいますが、主宰者や講師陣は同じ。前者はリトアニア人(国内に住むリトアニア語話者)を対象とした現場ベースの現地語プログラム、後者は世界各国からでも参加のしやすい短期集中ワークショップやオンラインセッションを中心とした英語プログラムとなっています。

画像2

この両アカデミーを今から約20年前に構想し始め、創設に至らせたのが、現アカデミー学長でもあるリマス・カヴァリアウスカスさんです。ソ連解体後、リトアニアが国を上げて自国の文化やアイデンティティの模索へと向き戻る風潮のなかで、リトアニア人の歴史的慣習であり、れっきとした伝統文化である入浴法ピルティスの再興やグローバル発信…というミッションをいち早く掲げたのが彼でした。

「古い伝統文化を現代において再活性してゆくためには、ボランティア精神だけでは永続しない。対価をもらえるくらいのプロフェッショナルサービスを施せるサウナ師や、正しい知識を持って日常的にサウナ浴を楽しんでくれるプロ市民を養成することで、業界としてきちんと利を生む仕組みを作ろうと思った。」とリマスさんは振り返ります。つまり、アカデミーでは必ずしもホストとしてのサウナ師をトレーニングするだけでなく、サウナ浴を楽しむ側の人々の市場拡大も同時に目指しているのです。

創設当初から孤軍奮闘してきたリマスさんが、のちに、女性そしてアカデミズムの視点から力量を発揮できるラウメさんとタッグを組み、アカデミーの活動は充実度が増します。さらに、近年は国際サウナ協会が後方支援をおこない、リトアニア政府の文化庁からも功労賞が授与されたことで、「リトアニア発のサウナコーチング」は、サウナ文化に関心を寄せる国々のあいだで着実に認知度や価値をあげてゆきました。

アカデミーの養成課程と認定制度について

画像3

↑今回の旅でたくさんの現場を見せてくださり、また貴重なお話を聞かせてくださったリマスさんとビリューテさんコンビ。お二人の共著『PIRTIS』と著書交換もさせていただいた。たまたま表紙が似ている(笑)

さて、では実際にアカデミーではどのようなカリキュラムが用意されているのでしょうか。前述したように、国内向けと国際向けで、とくに実践についてはどうしても細やかさに差異が出てしまいますが、例えば国際アカデミーのほうでは以下の5コース(履修後に認定されるタイトル)が用意されています。

■Gourmand of heathy sauna(道楽としての健全なサウナ)…サウナの知識経験がまったくない人からサウナ愛好家までが、健全にサウナを楽しむための基本ハウツーやウィスキングの基礎を学べる。履修課程は丸2日にわたるセミナーとワークショップがベースとなる。

■Master of family bath(家族入浴におけるマスター)…家族や知人友人など身内でサウナを楽しむ際に、場の主導者として、健全なウィスキングやホスト役を担えるレベルのスキルや知識を学べる。履修課程は丸2日にわたるセミナーとワークショップがベースとなり、その先のプロ・サウナ師用コースの受講要件となる。

■Individual bathing procedure(個人入浴セッションの進行)…プロ・サウナ師になるためのファーストステップとなる課程。個々人のクライアントに対して、一連のサウナセッション・サービスを施すのに必要な専門知識(例えば人体の神経系と熱の関係性や過熱リスクなどについて)や、ウィスキングを中心としたボディケアの技能を学ぶ。履修課程は丸2日にわたるセミナーとワークショップがベースとなり、プロ・サウナ師用最終コースの受講要件となる。

■Group bathing rituals(グループ入浴セレモニー)…プロ・サウナ師になるための最終課程。個人入浴セッションでの反省点を踏まえ、サウナの中で小〜大人数のグループセッションを主導するのに必要な知識と技能を身につける。知識のパートでは例えば、リトアニアや他国の蒸気浴や年齢・世代別の発汗について、サウナの温め方や温度管理について、ウィスキングやコスメティック、アロマ素材について、集団内での意識の向け方や危機管理などについて学ぶ。実践では、ウィスキングやマッサージの技能を磨いたり、一連の儀式(セッション)の構成やメニューを実際に組み立て、実際にやってみてフィードバックし合ったりする。履修課程は丸2日にわたるセミナーとワークショップがベースとなる。すべて修了したら、アカデミーより”Professional master of threditional steam bath(伝統蒸気浴のプロフェッショナル・マスター)”として認定書を受け取ることができる。

■Bath plants and whisks(入浴で使用する植物とウィスク)…レベル1(Gourmand of heathy sauna)を受講済みの人なら誰でも参加できる、夏開催の2日間にわたるワークショップ。サウナのなかでスクラブやアロマに用いられる天然の植物・食物・ハーブや、ウィスク(ヴィヒタ)に用いられる草木について集中的・実践的に学ぶことができる。実際の野や森での植物の採取、それぞれの種の特性やリスクなどについての知識の習得、種別のヴィヒタの束ね方、サウナ内でのトリートメントやヴィスキングのテクニック、そして一連のセッション計画と実践までを包括的に実践する。

画像4

国際向けのプログラムは場合によってはオンライン講義も行なわれますし、指導者たちが国を超えて出張指導に赴くケースも過去にありました。ですがやはり、実際のサウナでの実践を経てでないと体得できないノウハウも少なくありませんし、リトアニアの地で、その伝統を培ってきた風土やサウナ室の趣きを感じながら学ぶことに意義があると言えます。日程については、アカデミー側が設定したスケジュールで参加者を募ることもあれば、他国の人から出願がくるたび、適宜日程調整やカリキュラム設定がおこなわれるようです。料金は公表はされていませんが、開催場所やサウナ貸し切り料、材料費なども加味されて1日のセミナーごとに設定されます。

先述したように、アカデミーから認定される各称号は、国家資格のようなものではありません。また、アカデミーでの履修課程だけで、サウナ師として振る舞うのに十分な経験が積めるわけではもちろんありません。ともあれ、この履修課程で実技と学科の両面から実用的なスキルを学び取って認定を受けた過去の受講者のなかには、その後自国のサウナなどでさらに経験の場を積み続けながらやがてプロ・サウナ師を名乗り、自国のサウナ文化と折衷させたユニークなセッションプログラムで、実際に有料サウナセッションを取り仕切っている人たちも増えてきています。

国内受講者向けヴィヒタ・ワークショップの一日体験記

画像5

リトアニア滞在中のある週末、ちょうどリトアニア・ピルティス・アカデミーのほうで、上で紹介したコースの5番目の一部にあたる、ウィスクとウィスキングの集中ワークショップが開催されるということで、この日の講師を務めるリマスさんのもとで、適宜英語通訳をしてもらいながら一日特別体験をさせていただきました。

画像7

会場となったのは、リマスさんがヴィルニュス郊外に持つセカンドハウスのそばに建てられたサウナ小屋。なんと彼の自作で、建築物どころかサウナストーブまで自ら設計しています。すぐ目の前には小さな沼もあり、周囲は豊かな森に囲まれていて、最高のロケーション。

この日の受講者は3名で、プロの称号を目指したい人から、趣味の延長で学日を深めにきている人までが集っていました。午後半日をかけて行なわれたワークショップで扱った内容は次の4点。

・ヴィヒタの素材となる草木の現場採取

・種別のヴィヒタの束ね方

・各植物が肌に触れたときの特性や効能について

・サウナセッションの組み立てと種の使い分け

画像6

まずは、みんなでサウナの外に広がる森に出て、ヴィヒタの素材として使える植物を集めに行きました。前回の記事でも触れたとおり、リトアニアでは、定番の白樺以外にも、身近に入手できるさまざまな植物をヴィヒタに用います。とは言え何だって良いわけではなく、肌触りや葉の成分などによって、メイプル、ヘーゼルナッツ、オーク、ヤナギなど適合性のあるものだけを選び、各自自前の剪定ばさみで適切な長さに刈利集めてゆきます。

画像8

そしてサウナ小屋の前に戻ってきたら、次はヴィヒタの束ね方を学びます。一口にヴィヒタといっても、種類によって、枝葉の硬さや叩き心地を考慮したベストな葉の量や束ね方があるもの。一種類ずつ、リマスさんの指導に耳を傾けつつ自らの手を動かして会得してゆきました。

画像9

ヴィヒタづくりが完了したら、みんな水着に着替えていったんサウナで少し体を温めてから、桟橋に出てきてペアを組み、実際にそれぞれのヴィヒタの触感や使用感を確かめあってゆきます。最初は、ペアの相手に自分の背中を差し出して、ランダムに選んだ葉束で叩いてもらっては、眼で見ずにどの植物だったかを当てる利きヴィヒタで徹底訓練。葉の擦れ方や硬さや、香りや音、肌に打ちつけたり撫でるときのしなりや刺激など、視覚以外の感覚器でもこんなにもはっきりとした差異が感じ取れるものなのか…と驚かされます。

それぞれの葉の名と特性を肌で知覚・認識できるようになってからは、叩く強さを変えたり、撫でたりざわめかせたりこすりつけたり肌を包み込んだり…と、さまざまな刺激のパターンをやってみて、何の葉をどう動かせば心地よく感じるか、お互いにいろいろ試してフィードバックをし合いました。

画像10

そしていよいよ、サウナの中で実際に蒸気を立たせながら、ヴィヒタへの蒸気の含ませ方や気流の作り方、そして屋外で確かめあったさまざまなストロークテクニックを実践。片方がベンチに寝そべり被験者となって、ペアにウィスキングしてもらいます。熱気に蒸された植物と素肌のあいだに生まれる刺激や香りはまた少し変わりますが、それでもやはり、ただどの葉でも同じように叩いたり肌に押し当てれば良いというものではなく、適宜、自分がイメージする刺激にふさわしい植物の選定やストローク法、強弱が重要になってくるということが、体感的によくわかりました。

あと、これも一通りいろんな葉を使ったからこそ改めて気づき、他の参加者とも一致した見解なのですが、なんだかんだ白樺は最強です(笑) 葉の強度や細やかさから、とにかくいろんな刺激のバリエーションをつけやすいし、何をやっても気持ち良い。もちろん、その他の葉にしか作り出せない肌触りというのもあるのですが、それらはどうしても刺激やストローク法を限定してしまうんですね。。

画像11

適宜湖水浴で休憩しながら、いよいよ最終レッスンでは、3種類のヴィヒタを選んで使い分けつつ、約10分の連続セッションの間に心地よいドラマをプラニングする、という課題に取り組みました。ここまでくると、まさにその日のコースメニューを考えるレストランシェフの作業さながら!

結局一番のポイントというか、個々のこだわりが反映されたのはやはり、3回のドラマのうちどこで最強種の白樺を登場させるか、だったように思います。面白いもので、例えば最初から白樺カードを切ってしまうとどうしてもあと2回でピークが作りづらい…とか、シンプルな課題ながらも、いろいろ成果や教訓が見えてくるんですね(笑)

画像12

会の最後は、師匠リマスさんにプロのヴィスキングを施してもらい、みんな恍惚とした顔で疲れと汗を流し、湖で気持ちよくクールダウン。

このように、普段のサウナライフではまったく考えもしなかったことや知識をたっぷり体得できた、とても新鮮で貴重な時間でした。まさにアカデミーの理念通り、たとえ自分がプロサウナ師のほうを目指すわけでなくとも、いちサウナ愛好家としてもこういうノウハウを身に着けておくことで、ますます今後のサウナ体験が豊かで積極的なものになる気がします。実際あれ以来、フィンランドで主流のセルフウィスキングをするときも、ついいろいろ試してみたくなって、友人に実験台になってもらっています(笑)

これまでのところ、アカデミーの修了者はヨーロッパ地域の人ばかりで、県外だと唯一、ケニアのサウナクラブにそのノウハウを持ち帰った人がいるのだとか。もし彼らの活動に興味があり、いつか本場リトアニアでアカデミーのプログラムを履修してみたいという人がいれば、英語ができることが要件にはなりますが、わたしが取り次いだり通訳として稼働することも可能ですので、ご相談くださいね。

次回予告。

次回が、リトアニア編の本編としてはいよいよ最終回の予定。最後は私本来の関心とも絡めて、「なぜリトアニアの都市にはほとんど公衆サウナがないのか」という謎に迫りながら、リトアニアのサウナ史における独自性や背景に切り込んでみたいと思います。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
読んでくださってありがとうございました!
12
フィンランド在住の自営業者。Suomiのおかんというふざけた屋号を掲げ、メディアコーディネーター、通翻訳者、文筆家、フィン語講師として快活に仕事し遊んでいます。2018年に著書『公衆サウナの国フィンランド』を出版、いつの間にやら「サウナ文化研究家」としてのお仕事依頼がメインに。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。