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リトアニアPirtis編③ 心身の触れ合いが生む輪廻の営み|サウナ師のウィスキング体験記

前回の記事では、各国のサウナ文化に、その国家や地域の男女間の役割や優位性が影響を与えているというジェンダー論。とりわけリトアニア・サウナは女性の感性や欲求の色が強く、ウィスキング(※サウナの中で、植物の葉束を使って身体をしばいたりマッサージする行為)の習慣においては、女性だけが経験する出産行為の苦しみと生命誕生までのシナリオが暗喩されている…という、象徴学的な可能性をお伝えしました。今回はいよいよ、わたしが実際に女性プロサウナ師のラウメさんに施していただいた、ウィスキングを中心とするサウナセッションの体験記を公開します。

サウナ師が主宰する、おもてなしサウナセッション

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初めてお会いした日の夜、ラウメさんは首都ヴィルニュスから30kmほど離れた小さな村の湖畔にあるとある貸し切り用サウナで、女性対象のサウナセッションを予定されていました。これは、同類のサウナセッションイベント情報が随時共有されるSNSグループ内でひそやかに告知がなされる、ラウメさん主宰の事前予約制の月例イベント。毎回、首都圏を中心にさまざまなロケーションの貸し切りサウナに集い、前後の歓談の時間も含めて約4-5時間にわたるサウナセッションを楽しむそうです。この日は、常連メンバーやグループの新規メンバー、常連さんに誘われた初参加の知人など計12名が申し込みをしていました。

プロサウナ師であるラウメさんは、他者が開催するサウナイベントや講習会に呼ばれて行なうサービスとは別に、こうした自主開催イベントを定期的に行ないます。当日は総ホストとして、場作りや軽食によるもてなしからサウナセッションまでの、すべての流れやセッションメニューを自主考案し主導するのです。このような、プロのホストによって綿密にオーガナイズされた一期一会のサウナセッションを楽しむという文化は、フィンランドではほとんど見られず、昨今ロシアやとくにバルト三国各国で盛んな慣習と言えます。

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ちなみにフィンランドでも、例えばスウェーデン支配時代には、上流な人をくつろがせるためのサウナにおいて、サウナ師(saunottaja)というホスト的役割を担う人がいたという記録はあります。また、公衆サウナが活況だった1960年代ごろまでは、マッサージやカッピング療法、洗体をしてくれる、日本の銭湯の三助さんのようなスタッフが常駐していました。(今日でも一部の老舗公衆サウナでは、事前予約制で洗体師やマッサージ師を雇うことができます。)

ですが、本来フィンランド人のサウナ文化のエッセンスは「セルフサービス」。おのおのが、自分のタイミングでロウリュをし、自分(または隣人同士)でウィスキングをおこない、そして自分の感覚に従って湖水浴や外気浴に出ていく…というのが茶飯事で、あえて他人の施しやもてなしを必要としない民族なのですよね(笑)

サウナ師の一日は、森でヴィヒタ素材を集めるところから

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サウナセッション日の日中、密着させていただいたラウメさんが会場に向かう前にまず立ち寄ったのは、鬱蒼とした森。ここで、この日のセッションで使うヴィヒタの素材や、ボディスクラブに混ぜる植物を集めるのです。

さすが南下してきただけあって、フィンランドの森よりも植生が多様で、木々も幾分どっしりしているリトアニアの森。北欧諸国には、国有林であれ私有林であれ、誰もが自由に立ち入ったりそこで見つけた自然の恵みを持ち帰ってよいという、「自然享受権」と呼ばれる万人の権利が保障されています。例えばフィンランドの場合、無名の森で無許可で摘み取ってよいのはきのこやベリー、草花といった、地面から直接生えている(樹木以外の)植物全般に限られるのですが、リトアニアではさらに、木々の枝葉や幹の寄生物に関しても特に規制がないのだそう。民家からある程度離れてさえいれば、どこの森からでもヴィヒタの素材になる植物の枝葉集めができてしまうようです。

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日本やフィンランドではヴィヒタといえば白樺、というイメージが強いかもしれませんが、ロシアやリトアニアでは、白樺は一選択肢に過ぎず、もっと多様な植物からもヴィヒタやマッサージ用具を作り出します。ラウメさんがこの日森で集めていたのは、白樺の他にヘーゼルナッツオークの葉など。

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また、ニガヨモギなど独特の香りを持つ草花や、スクラブに混ぜ込むためのラズベリーハーブ類なども雑木林の随所から次々に見つけては、手早く摘み集めていました。車で会場の村へと向かう農道でも、おもむろに車を停めたかと思えばパッと飛び出して行って、嬉々として森では見つからなかった別の野花を摘み始めたりも…! 車の後部座席にはあっというまに多種多様な植物が積み上がり、もはや車内がサウナそのものの芳しい匂いで満たされていましたね(笑)

さらに、会場到着までには地元のマーケットにも立ち寄り、軽食やマッサージオイルに使うための果物類や食材も買い込みました。

ハーブティとタロットカードを囲んだ女子会の始まり

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↑ 今回のセッション会場となったのは、旧都トラカイにほど近いアルオナ村のイルグティス湖畔にたたずむ貸し切りサウナ、Ilgučio pirtis。サウナとダイニングが1階にあり、2階は宿泊部屋。写真に写る男性が、このサウナのそばに住居をもつ管理人のアルギマンタスさん。

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会場の貸し切りサウナは、扉を出れば深い美しい湖へと一直線の桟橋が伸びる素敵なロケーション。湖畔サウナはもちろんフィンランドに数多存在しますが、やはりここでも、湖を囲む森の植生が微妙に違うからか、フィンランドの水景とどこか似て異なって見えます。

サウナ師は自分のホームサウナでセッションを行う場合は、火起こしやサウナストーブのコンディション管理も重要な仕事の一部となりますが、今回は、到着するとすでにサウナ小屋のオーナーさんがサウナ室を温め始めてくれていました。ラウメさんは、先ほど森から集めてきた植物を車から降ろし、せっせとヴィヒタづくりに集中します。

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夕方5時をまわると、徐々に参加者たちが到着し始めました。20代から50代くらいまで年齢もさまざまに見受けられ、初対面同士の人も多そうです。幸い参加者の多くが英語を話せたので、わたしも温かく輪に入れていただけました。

サウナはもう十分に温まってはいましたが、皆さんすぐに脱衣はせず、まずはしばらく、おのおの湖畔を散策して景色を愛でたりリフレッシュしたり。その後、徐々に持ち寄ったフルーツなどの軽食をダイニングテーブル並べ、それらを囲んで自己紹介や世間話でお互いに打ち解け始めます。

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主宰者ラウメさんからは、ご自身の自宅の庭で育てたミントや野生のムシャリンドウなどを調合した、少しスパイシーながらもほっと落ち着く、温かい手作りハーブティがウェルカムドリンクとして振る舞われました。

また、場が和んできたところでちょっとした一興として、突如タロットカードが卓上に登場。中身はすべて女性シンボルのカードばかりで、ラウメさんが一人ずつ引いたカードが暗示する象徴キーワードを告げていきます。いつしか場の雰囲気はすっかり、各国共通の愉しい「女子会」ムードになっていました。

サウナセッション開始。周到に紡がれるストーリーと抑揚に身を委ねて

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サウナ室は8畳くらいの決して大きくはない部屋でした。奥行きのある二段ベンチがコの字上に壁を伝い、入り口右手の隅に、あまり見ない丸みを帯びたストーンの積み上げられた薪ストーブがカンカンに温められています。参加者は全員、完全脱衣しての参加です。

セッション1回ごとの内容を全セット細かく描写してゆくことはできませんが、ざっくり言えば、サウナ室内で蒸気に包まれながら15-20分ほどかけて行なわれるさまざまな趣向の施しと、30分以上もじっくり確保される湖水浴・外気浴を含めたサウナ室外での休息時間とが、交互に全3セット執り行なわれました。

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ロウリュのタイミングはすべてラウメさん任せです。1,3回がとくにウィスキングを中心とした内容で、初回では自身や参加者同士で叩き合ったり、葉に蒸気を含ませて香りを深く吸い込んだりしながら、ヴィヒタの種ごとの個性や感触を確かめ合いました。そして後半はいよいよ一人ひとり、ラウメさんの緩急自在なウィスキング捌きに身を委ねます。

また、2回目以降には、蜂蜜やココナッツオイルをベースに、ピーチやアボガド、森のベリーなどさまざまな食物をすりつぶして手作りされたマッサージオイルやスクラブが適宜使用されました。食べ物で屈託なく遊ぶ童心を取り戻しながら、自分で自分に塗ったり、隣人に塗ってあげたり、ラウメさんに塗り込みながらマッサージしていただいたり。もちろん口に含んでもどれも美味しいんです。その都度全身の肌に塗りたくられたオイルやスクラブは、そもそも自然由来のものしか入っていないので、いちいちシャワーで洗い流す必要もなく、そのまま湖に飛び込んで湖水に溶かしてしまえばOKという、究極に無邪気でなにもかもから解き放れた心地に浸れます!

このように、ヴィヒタやアイテムを使った施しだけでなく、ラウメさんの口上や奉唱によるメディテーションの要素を含んだ瞬間もあれば、もちろんシンプルに蒸気だけに身と意識を委ねる瞬間もあります。

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いくつもの要素と瞬間を巧みに織り交ぜ、それぞれの所作に抑揚や緩急をつけながら、セッション全体としてまるでひとつのドラマを編むように参加者個々の心身の状態を巧みに啓発してゆく…それこそがサウナ師の役目であり、腕の見せ所となります。まさにサウナというキッチンダイニングに立ってフルコースを振る舞うシェフのような存在ですね。

サウナ師と入浴者のアートコレクティブこそがサウナ体験

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さて、実際にラウメさんの一連のサウナセッションを受けて、わたし自身がどう感じたのか…について少々お話します。ちなみにこのときはまだ、ウィスキングが出産や生命誕生を象徴していることや、ラウメさんご自身の意図などについてなにも情報を持たないままに身を預けていました。

サウナ内での施術のターンにおいては、日頃慣れ親しんでいる「セルフで楽しむ」サウナ浴とはまったく違って、完全に他者主導のムードとシナリオによって新鮮で心地よいインスパイアを受ける反面、やはりどこか、ここでは他の力の介在を感じ、抗えない流れに我が身を任せるしかないのだ…という屈服感もないわけではありません。ただし、心地よさの要素はすべて自分自身の知覚を通してこそ享受できるものだし、その意味では完全に主体性や自由を奪われてはいないので、無力な自分がありがたくもここに「生かされている」という感覚が近いのでしょうか。

いっぽうの各セッション後、熱気や汗、食物オイルのぬめりさえ素肌にまとったままのナチュラルな裸体で、羞恥心も背徳感も忘れてサウナ室を飛び出し、大自然に囲まれた湖に身を沈める瞬間…まさにくびきを逃れるような究極の解放感が、キンと冷えた水の心地よさと尊さをいっそう後押ししてきます。終始完全に自由というわけでない交互浴は、メンタル面にも緊張と弛緩をもたらすうまいシステムなのかもしれません。

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また、30分の休憩と聞くと長すぎるように聞こえるかもしれませんが、完全に自由な状態で一旦おのおの心身を落ち着かせ、次のセッションに向けての期待と覚悟のマインドをつくるには、ちょうど良い時間でもありました。一人水際で思いにふける人もいたし、水分やフルーツを口にしながら、今日始めて出会った「同胞」と和やかに打ち解け、植物でマッサージをし合う光景も見られます。

ラウメさんのウィスキングは、全体として緩急がはっきりしていながらも、かつてロシアで受けたような、ウィスキング師がさまざまなテクニックをガンガン繰り出し、身を委ねる方は熱さと刺激に耐え抜くことが全て!…というストロングスタイルとは、まるで異なります(笑)ですが最終セッションだけは、後半に向けて明らかに葉束を打つテンポと強さにアクセルがかかっていき、我々の脈動や痛覚もそれに呼応せざるを得ず、それまでの安心感をともなう心地よさとはまた別次元の快感が呼び覚まされていきました。

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あまりうがった捉え方はしないでいただきたいのですが、それはまるで誰もが性交渉において知覚する性的緊張の累積にとても近いものがあり、事実、最終回だけは参加者が施術をされながらあげる声も明らかに異質だったのです。いよいよ痛みと快感の判断がつかなくなった瞬間に、ざぶんと湖に飛び込んで一気に弛緩状態に至ったときの痺れはまもなく、これまでのサウナ体験では感じたことのない類の多幸感へと替わってゆきました。

同様にその多幸感に心酔した裸の女性たちが何人も、恍惚とした表情でしばらくぷかんと湖に浮かび続けていたアンリアルな情景は、当面わたしの脳裏から薄れない気がします。

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ちなみに、すべてのセッションが終わって皆の心身が落ち着いたころに、もう一度おのおの女性タロットカードを引き合いました。わたしはサウナ前は知性の象徴みたいなカードだったのですが、サウナが終わった後は「野生」の象徴のほうに変わっていました(笑)

実際に、ラウメさんがご自身のサウナセッションに対してどのような意図やシナリオを込めていたのか、じっくりお話が聞けたのはセッションが終わってからのことでした。そのときになってようやく、ウィスキングという伝統にはもともと産みの苦しみや命の蘇生が重ねられていた事実も知りましたし、彼女はむしろ、毎回のセッションごとにさまざまな試みを取り入れながらも、基本ストラクチャーには「四季の輪廻」を強くイメージしているという作意をうかがいました。以下、そのときの彼女の言葉をそのまま引用しておきます。

"We start from Winter, when the body is cold, nothing very active happens, then Spring comes, ice is melting and body sweating, after we have hot Summer and finally - Autumn, grounding and coming back to the body. "     -Birutė

また、四季を意識することは、いまその瞬間の喜びを享受することに集中する瞑想的な営みでもあり、サウナ環境や使用する植物にもそれらが必然的に反映されることで、常に唯一無二のセッションが生まれるのだといいます。

同時に、サウナ体験というのは、サウナ師の作意と入浴者の肌感覚とが不即不離ながらも互いに刺激しあって生まれる、一期一会のコレクティブ・アートのようなものだと彼女は語ります。サウナ師がデザインした流れを受け手がどう感じるかはまったく自由だし、入浴者のフィードバックや反応に触発されながら、サウナ師のこころも所作もまた常に移ろっていく。だからこそ、互いの心身に「触れ合う(touch)」ことが、サウナという体験の普遍の真髄なのだと、おっしゃっていました。

次回予告。

次回は、2000年代に入ってリトアニアに設立された、Lietuviškos Pirties Akademija(リトアニア・ピルティス・アカデミー)と International Bath Academy(国際バス・アカデミー)という、国内・国際向けの民間バス・マスター養成機関についての取材記事です。プロのサウナ師になるための気になる養成課程、どうぞお楽しみに!

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フィンランド在住の自営業者。Suomiのおかんというふざけた屋号を掲げ、メディアコーディネーター、通翻訳者、文筆家、フィン語講師として快活に仕事し遊んでいます。2018年に著書『公衆サウナの国フィンランド』を出版、いつの間にやら「サウナ文化研究家」としてのお仕事依頼がメインに。
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