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リトアニアPirtis編② ロシアは男性主導、リトアニアは女性主導!?|サウナとジェンダーの歴史的関係

前回の記事では、このリトアニア・サウナ旅の案内人ラウメさんとの出会いと、彼女がまず教えてくれた、リトアニア語のサウナ Pirtis(ピルティス)という語のユニークな語源についてお話しました。そして今回は、彼女の女性サウナ師としての施しの日に密着したときのお話を…と予告には書いたのですが、その前に急遽ひと記事追加、お許しを! サウナ文化とお国柄の関係性、とりわけ男女の果たす役割や社会的立場が、どのようにサウナの室内環境や使われ方などに影響を及ぼしてきたのか…について、現地の方々の証言をもとに、少し検証してみます。

開拓と侵攻に従事するロシア男性が求めたサウナ

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わたしはつい初っ端から、「リトアニアのピルティスの特色とはなんでしょうか?他国のサウナ文化との違いはどこにあって、その理由はなんだと思いますか?」と、今思えばなんとも短絡的で浅はかな質問をラウメさんにぶつけて、彼女を失笑させてしまいました。

彼女は、「サウナ文化の境界は国で区切るものではない。国家という枠は歴史の中でどんどん移ろっているし、昔は同じ国でも村ごとにサウナのあり方や特色は大きく違ったのだから。」と大前提を諭した上で、それでも結果的に、「ロシアのサウナは総じて熱い」とか「リトアニアのサウナはトリートメントに重きが置かれる」といった大雑把な〈お国柄〉の表出も否定できないのには、少なからずその国の国民性…とりわけサウナの役割とジェンダー観との関係の影響があったはずだ、と説明してくださいました。

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「例えばアヤナが、貧しいけれど子供をたくさん抱えた家の母親だとして、家族の食卓で限られた食料を分配するとき、誰にまず十分に与える?」ーラウメさんは突然そうわたしに尋ねてきました。「…子供?」そう答えると、彼女は「あなたはどうやらリトアニア人的感覚の持ち主ね。」と微笑んでから、

「ロシア人だったら絶対に家の主人、つまり男性にまず多く行き渡るようにふるまうのが普通だったのよ。少なくともソ連時代までは。ロシアの家族やコミュニティ、ひいては国家において、国の繁栄をもたらす〈開拓と侵攻〉の役割を担う男性たちは、女性や子供よりまず優先的に敬われ、労われるべき存在だったの。日常の疲れを癒やす場であったサウナもまた、その場をもっとも必要としている男性好みのセッティングに、女性が適合していくしかなかった。」

…つまり、いつしかロシア・サウナにおいては必然的に、頑健で我慢強さを美徳とするロシア男性が好む高温仕様が、スタンダードになっていった。同時に、ウィスキングのテクニックも癒やしのための柔和なスタイルではなく、より激しく刺激的な方へとエスカレートしていった…という仮説には、実際それなりに信憑性もあるのだそう。

熱くないサウナに衝撃を受けた、ロシア人移住女性の証言

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このことは、ラウメさんだけでなく、カウナスという街の中心にある貸し切りサウナ付きの有名スパ Saulėja SPAの女性経営者、Elena Bartnikieneさんも、インタビューのなかで証言していました。実はエレナさんは、ロシアのシベリア地域出身。彼女の話では、自分が生まれ育った北アジア地域においても、自宅や近隣コミュニティで利用するサウナ室は男女でスペースが別れていたわけでもないし、そもそも食生活からサウナ(バーニャ)の様式まで、男性主導の温度環境や施術スタイルに、女性が否応なしに適応するのが常識だった、むしろ疑いを持つ余地すらなかったのだそうです。

この話を聞いていて、わたしがロシアのヴィボルグという小さな街(旧フィンランド領の港町)で初めての公衆バーニャを体験したとき、老女たちがバンバンロウリュをして自ら部屋を恐ろしい温度環境にしておきながら、決して心地よさそうには見えない苦渋に歪んだ顔で、真っ赤な背中をかがめ、ただひたすら必死に熱気に堪え続けていた異様な光景が頭をよぎりました…。きっと彼女たちにとっても、バーニャとは〈そういうもの〉でしかなかったのだろう。

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エレナさんが経営するスパのサウナ。右の窓の奥に、2人が横たわってウィスキングやマッサージを受けられるこじんまりしたサウナ室があり、その横に水風呂とプールが二種類と、おしゃれな休憩室がある。

だからリトアニアに出てきて、サウナは必ずしもあんなに熱くある必要はない。ウィスキングやマッサージだって、刺激だけがすべてじゃない、ということに、エレナさん自身もはや感銘を受けたといいます。事実、ソ連崩壊後に徐々に旧加盟国が自由になって個性を発揮し始めてから、当のロシア人たちもようやくサウナの環境やふるまいの多様性に気づいていったのだそう。とくに昨今はリトアニアなどバルト三国のウィスキング技術やスタイルに一目置くロシア人が増えているのだけれど、言語の問題(バルト諸国の若い世代は英語が得意だがもうロシア語は喋れず、ロシア人は英語が苦手)で国を超えた技術の学びまでは十分至っていない、というのが現状のようです。

女性の出産行為を象徴するリトアニアのウィスキング文化

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いっぽうで、決して人口の多くない農村に定住し、キリスト教流布後も土着信仰を重要視しつつ(この話の詳細はまた後日)、男女ともに農耕に従事してきたリトアニア人にとって、家業を支える人手としての子供の存在や、その子供を出産する女性の立場はそれなりに同等視されており、少なくとも近代ロシアほど何事においても男性の先導に従うという風潮はありませんでした。

このため、サウナという場も必ずしも男性を労うための場ではなく、むしろ伝統的には、出産を経験する女性のコミュニティにおいてとくに重要な意味を担う場であったことを、リトアニアの入浴文化研究に携わっていた民俗学者の故Stasys Daunys氏が過去に指摘しています。

わたし自身現地語は読めないので、彼の考察が引用されたラウメさんの寄稿記事(英語)をざっと読ませていただきました。それによれば、近代以前のサウナで、女性のための儀式や集いがあったかどうかについては、直接的に著された文献が残るわけではないようです。

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ただし、今日まで受け継がれるリトアニア・サウナでの振る舞いの中でも、とりわけ「ウィスキング(サウナの中で、植物の葉束を使って身体をしばいたりマッサージする行為)」という伝統が明らかに、女性だけが経験する出産行為の苦しみと生命誕生までのシナリオを象徴していた。…という事実が、そのリトアニア語特有の用語の語源や使用用具の考察から多角的に浮き彫りになるのだといいます。(ちなみに現代ロシア語の「ウィスク」や「ウィスキング」という語は、実はそのリトアニア語から来た語彙。)このことから、今も昔もリトアニア人のサウナ浴を特徴づけてきた〈サウナ師によるウィスキング〉という施しが、何らかの意図を持って女性の出産を模した行為であったことがわかります。

また、リトアニアに限らず、フィンランドやロシアなど、各地のサウナにおいて出産が行われていた史実は有名ですね。ところがさらにリトアニアでは、少なくとも19世紀から20世紀のはじめにかけて、不妊の女性に対して、温められたサウナの中で他者が全身の細部まで丁寧に撫でる、という療法がいくつかの村で流行っていた記録があるそうです。

サウナ文化にジェンダー論を持ち込むべきか否か?

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もちろん、ロシアにだって、探せばこうした〈女性のためのサウナ療法・儀式〉の史実を見つけることは可能な気がしますし、ここまでの一方的な見方や主張でロシア・サウナ=男性主導、リトアニア・サウナ=女性主導などと言い切るのは性急すぎるでしょう。ですが少なくとも、今日までリトアニアのサウナはいまだ厳格に男性と女性は別々に入り、しかもその性差を尊重した上で、それぞれの身体的特性や趣向にもとづく室内環境や施しを提供すべき…という風習や価値観を強く残しているのは確かです。

また、この点をしっかり意識し考慮することで、入浴というセンシティブな場から、いわゆるセクシャル・ハラスメントやふしだらな行為を追放し、同時に、入浴者の心理的不安・不快を可能な限り取り除くことができます。それは結果的に、伝統的な入浴の場の神聖性を守り抜くことにもつながるのです。

いっぽう例えば昨今のフィンランド(や近隣の北欧諸国)では、ジェンダーレスの観点からも、従来の「男女別入浴」の常識にとらわれず、(任意の水着着用を前提とした)混浴を推し進めるうごきがあります。男性/女性にはこういうサウナを用意すべき、という考えは、少なくともわたしの暮らす国では「マイノリティへの配慮が足りない」「もはや時代遅れだ」と反発されることが目に見えています。どちらがよい/悪いとは思いませんが、少なくともこのあたりに、伝統を重んじて守るべきものは保守するバルト海以南の国々と、伝統にまったく縛られず進取的に突っ走り続けるバルト海以北の国々の社会や価値観の違いが垣間見えておもしろいですね。

次回予告。

えぇ…次こそ、ラウメさんのサウナ師としての一日の密着取材について、レポートさせていただきます!!笑

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フィンランド在住の自営業者。Suomiのおかんというふざけた屋号を掲げ、メディアコーディネーター、通翻訳者、文筆家、フィン語講師として快活に仕事し遊んでいます。2018年に著書『公衆サウナの国フィンランド』を出版、いつの間にやら「サウナ文化研究家」としてのお仕事依頼がメインに。
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