見出し画像

第1回 アデュカヌマブとこれからの認知症治療

こんにちは!
社会福祉法人サンシャイン企画室の藤田です。

さて今回からいよいよ始まっていきます新連載企画「高齢者医療と介護」。
高齢者特有の医療環境に関する知見をできるだけわかりやすくお伝えしていければと思っております。乞うご期待!

その第1回となります今回は、今年(2021年)6月に米国FDAによって承認されました「認知症治療薬・アデュカヌマブ」をご紹介したいと思います。

資料としまして、主に以下のYouTube動画を参考にしております。

「アデュカヌマブとこれからの認知症治療」
演者:東京大学教授 岩坪威(たけし)さん
東京都健康長寿医療センター研究所 粟田主一(しゅいち)副所長
「認知症の人と家族の会」鈴木森夫代表理事

ではまいりましょう!

1  今回のニュースの概要

「米食品医薬品局(FDA)が、アルツハイマー病の治療薬として、米バイオジェン(Biogen)社と日本エーザイ社が共同開発した、「Aduhelm」(アデュカヌマブ)を迅速承認した」

ということなのですが、このニュースの意味と意義をお伝えするために、少し前置きからお話したいと思います。

2「認知症」とは

認知症は、脳の病気や障害など様々な原因により、認知機能が低下し、日常生活全般に支障が出てくる状態をいいます。

ここで重要なのは、「認知症」は病気を指すことばではなく、いろいろな病気を通して出てくる「状態・症状」につけられた名称である、という点です。

3「認知症」の歴史

<19世紀後半>
この頃までに、状態・症状としての「(現在で言うところの)認知症」が医学界で認められ、分類・研究されていました。

この頃の「認知症」は2種類あり、50歳以前に発症する「進行麻痺」と50歳以降に発症する「老年痴呆」が知られていました。

<1890年代>
このうち「進行麻痺」にあたる「認知症」は、脳内の血管が変性して起こるものとして「血管性認知症」という考えが出てきて、これが認められていきます。

その後「老年痴呆」の中に、血管性障害によらない脳萎縮が見られるものが発見され、後に(1926年)それは「ピック病」と称されるようになりました。

<1900年代>
さらにドイツの医学者、アロイス・アルツハイマー(1864-1915)によって、「老年痴呆」の症例の中に、神経細胞内外に黒い物質が見られる所見が発見され(1906年)、後に(1911年)これと類似の症例に対して「アルツハイマー病」という名前がつけられました。

アロイス・アルツハイマー

上写真:アロイス・アルツハイマー(1864-1915)


ここまでの歴史で、状態・症状としての「認知症」は、その原因となる疾患により、「血管性認知症」「前頭側頭葉型認知症(その8割はピック病)」「アルツハイマー型認知症」と分類され呼称されるようになっていきました。

現在知られている「認知症」のもうひとつの分類である「レビー小体型認知症」は、1980年以降に発見されたものです。

これら現在での「認知症」の分類を、その割合の大きいものから並べてみると、

1 アルツハイマー型認知症(60~70%)
2 血管性認知症(20%)
3 レビー小体型認知症(4~5%)
4 前頭側頭葉型認知症(1%)

となります。

日本における65歳以上の認知症の人の数は約600万人(2020年現在)と推計され、2025年には約700万人(高齢者の約5人に1人)が認知症になると予測されており、高齢社会の日本では認知症に向けた取組が今後ますます重要になりつつあります。

4 アルツハイマー病の病理

<アルツハイマー脳病変の特徴>
アロイス・アルツハイマーは、アルツハイマー病患者の脳細胞を顕微鏡で調べることで、アルツハイマー病患者の脳に特有な、次の3つの特徴を発見しました。

・神経細胞の変性消失とその結果としての大脳萎縮
・老人斑の多発
・神経原線維変化

最初の大脳萎縮の結果として「認知症」が発症するものと考えられますが、顕微鏡で見えるところの「老人斑」「神経原線維変化」(と呼ばれるもの)の正体は何で、それと脳萎縮はどんな関係にあるのか、そういったことは発見当時はまったくわかりませんでした。

老人斑と神経原線維変化

上図:老人斑(A)と神経原線維変化(B)

<1960~70年代の研究>
この頃、脳内の神経細胞同士が情報を伝え合うために使われている「神経伝達物質」というものの研究が進んでいました。

ここで得られた知見によって、アルツハイマー病患者の脳内では、神経伝達物質のひとつである「アセチルコリン」というものが著しく減少していることがわかりました。アルツハイマー病になると、アセチルコリンを作る神経細胞が早めに変性・消失してしまうからです。

アセチルコリン

上図:神経伝達物質 アセチルコリン

そしてこのアセチルコリンの減少こそがアルツハイマー型認知症の原因ではないか?という「アセチルコリン仮説(コリン仮説)」が提唱されました。

<1980年代の研究>
この頃より上記「アセチルコリン仮説」に基づき、脳内のアセチルコリンの量を増やす薬(アセチルコリンを分解する酵素の活動を抑えることでアセチルコリンの量を増やそうとするもの)の開発が始まり、その薬は日本人の手によって創られ、「アリセプト(ドネペジル)」という名称で1999年から発売されるようになりました。 現在も使われていることと思います。

アリセプト

上図:アリセプトの医薬品情報

またこの時代の研究(遺伝子工学や分子生物学の飛躍的な進展)により、「老人斑」はアミロイドβ蛋白(以下Aβ)というものが脳内の神経細胞の外に集まって溜まったものであり、「神経原線維変化」は微小管結合蛋白(以下タウ)というものが脳内の神経細胞の中に集まってきて繊維状になったものであることがわかってきました。

アミロイドβの作られ方

上図:アミロイドβのつくられ方
APPというねり棒のようなものから、Aβが細胞外に切り出され、凝集していく様子

神経細胞内の微小管結合タンパク質

上図:微小管結合蛋白(タウ)
神経細胞内で繊維状になっていくタウ

こうした研究により、Aβの蓄積こそがアルツハイマー病の原因であるという「アミロイド仮説」が提唱されるようになり、現在ではこの仮説が広く支持されています。


5「アミロイド仮説」に基づく創薬研究

5-1 現状の認知症の薬=「症状改善薬」
現在存在するアルツハイマー型認知症の薬は、前記のように「アセチルコリン仮説」に基づいて脳内のアセチルコリンの量を増やそうとするもの(実際にはアセチルコリンを増やすのではなく、減らすのを邪魔するもの)が3つ(ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミン)と、アセチルコリンと同じく脳内の神経伝達物質で、アルツハイマー病患者の脳内に多く見られるグルタミン酸(これが多いと記憶が障害される)を働きにくくする薬が1つ(メマンチン)市場に出ています。

認知症の症状改善薬

上図:認知症の症状改善薬

しかし上記4つの薬はどれも認知症の症状を和らげる「症状改善薬」と呼ばれる薬であり、アルツハイマー病のメカニズムそのものに働く薬(神経細胞が死ぬスピードを遅くする薬=「疾患修飾薬」)ではありません。

認知症「症状改善薬」と「疾患修飾薬」の図

上図:認知症の「症状改善薬」と「疾患修飾薬」の効き方の違い

5-2  これから求められる薬=「疾患修飾薬」
<「アミロイド仮説」に基づく創薬研究の始まり>
現在「アルツハイマー病」は、脳内にAβが蓄積する→タウの凝集・蓄積が起こる→神経細胞が変性・消失する→アセチルコリンが減少する→認知症が発症する、といった機序で進行する、と考えられています(この考えは2002年に提唱されました)。

この様子が「岩場を段になって流れる滝(カスケード)」のようだ、ということで、「アミロイド仮説」のことを「アミロイドカスケード仮説」と呼ぶこともあります。

ですからその源流(最上流)にあたる、脳内でのAβの蓄積を防ぐことこそがアルツハイマー病の根本治療につながるのではないかということで、現在世界中の研究者がその研究でしのぎを削っています。

アミロイド・カスケード仮説とそれに基づくAD治療戦略

上図:アミロイド・カスケード仮説

<Aβの蓄積をどうやって阻害するか?>
Aβは脳内の神経細胞の表面で常に産み出されているもの(産出の生理的意義は不明)で、神経細胞の外に出るととても凝集しやすい性質を持っています。

そうして作られたAβも、通常ならばその分解酵素によってすみやかに(半減期は30分)分解され排出されていますが、アルツハイマー病の患者の脳内では、この分解・排出の速度が明らかに遅くなっていることがわかっています。

そこでAβの蓄積を阻害する戦略として、

(1)Aβの産出を阻害する (上図の「Aβ産生抑制」)
(2)Aβの凝集を阻害する (上図の「Aβ凝集抑制」)
(3)Aβの分解を促進する (上図の「Aβ分解促進」)
(4)Aβの排出を促進する (上図の「Aβクリアランス促進」)

といった考えが出てきます。

このうち(1)(2)の薬は副作用が生じたため開発が中止され、その後は主に(3)(4)の方針で多くの治験がなされています。

6 アデュカヌマブの戦略

6-1 ワクチン療法でAβをやっつけよう
ヒトは、なにか「異物」がその体内に入ってきたら、それを攻撃・排出することで体を守る、という仕組みを自ずから持っています。それが「免疫」と呼ばれているシステムです。

ワクチンはこの「免疫」システムを誘導することで感染症などから体を守ってくれます。これが「ワクチン療法」です。

「免疫」の現場で活躍するのは「抗体」と呼ばれるタンパク質ですが、その言わば兵隊である「抗体」を免疫システムを使って作り出すのが、上記ワクチンの働きです。

1990年代、アメリカの科学者デール・シェンク(Dale Schenk)は、ワクチンを使ってAβを分解・排除する、というアイデアを思いつきます。

デール・シェンク

上図:デール・シェンク
チェスはプロなみの腕をもっていた。写真は2002年サンフランシスコのラボで。2016年9月すい臓がんのために死去。

これはそれまでの常識を覆す画期的なアイデアでした。

なぜかと言うと、脳内は「血液脳関門」によって堅く守られているので、ワクチンのような大きな物質はここを通過できるわけがない、という考えが常識だったからです。

しかしシェンクは老人斑のできたマウスを対象に、アミロイドを抗原として注射したところ、それまであった老人斑は減少し、新しい老人斑もできませんでした。

つまり、アミロイドは血液脳関門を通過するのでした。

そしてこれはヒトに対しても正しいことがわかってきたのです。

6-2 その後の研究
Aβのワクチン療法がなぜうまくいくのか、そのメカニズムはよくわかりませんが、それでも結果が出るので、多くの医薬品メーカーがこの方向で研究を続けてきました。

しかし治験を続けるうちに、急性髄膜炎や脳浮腫などの副作用が出てきたこと、そして老人斑はなくなっているのに、認知機能の改善が見られない、といったことから、それらの治験は全て中断・中止になっていきます。

そうした中で、ワクチンではなく(つまり抗原となるAβではなく)、抗体そのものを投与するというアイデアが出てきました。

そのアイデアを思いついた2人の医師は、何が抗体なのかわからないまま、アルツハイマー病になりにくい人の血漿から、その人がもっている自然抗体を探していきました。

そして2006年12月、ついにその自然抗体を発見します。

医師たちはその自然抗体を「アデュカヌマブ」と名付けました。これが今回承認された認知症の「疾患修飾薬」となりました。

7 アデュカヌマブの問題点

7-1 投与する時期
上記のように「ワクチン療法」という画期的なアイデアの下、新しいアルツハイマー病の薬を創ろうと様々な治験がなされてきたわけですが、そうした治験を通して新たなアイデアが生まれてきました。

それは薬を投与する時期についてです。

アルツハイマー型認知症だとわかっている患者に抗体を投与しても、たしかにそれでAβの減少が見られるのですが、認知症の症状そのものはほとんど改善されなかったのです。

それはなにを意味するのでしょう?

そこで出た答えは、「認知症の症状が出るほどにアルツハイマー病が進んでしまっている患者に抗体を投与しても認知症の症状の改善にはならない。なぜならその時はもうすでに神経細胞の変性・消失が起きてしまっているから」というものでした。

そこで次に研究対象になったのは「アルツハイマー病進行の時間経過」でした。

アルツハイマー病進行の時間経過

上図:アルツハイマー病進行の時間経過

その結果は、上図にあるように、認知症の症状が80歳で見られるとした場合、その源流となるAβの蓄積はその30年も前から始まっている、ということがわかってきたのです。

ですからAβに対する抗体は、この時期(プレクリニカル期)に投与して初めて意味がある、ということになります。

7-2 どうやってプレクリニカル期を知るのか?
上図にもありますが、認知症と診断される前、「認知機能の低下が臨床的に確認されるが、独立した生活が可能な程度にとどまるため、認知症とは診断されない、正常と認知症の中間段階」を軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)と言います。

さらにその前、「認知機能にはなんら問題は見いだされないが、Aβが脳内に蓄積し始める時期」をプレクリニカル期と言います。

そしてこうしたアルツハイマー病の早期に関する研究(2003年、アメリカで始まった)をANDI(Alzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative)研究と言い、その武器はAβを画像的に補足できる「アミロイドPET画像法」です。

アデュカヌマブ投与が効果的なプレクリニカル期を知るためには、PET検査を必要としますが、PET検査は保険適応ではないため、高価であり(10万円前後)、検査できる医療機関も限られ、しかも検査そのものに副作用(わずかな被曝)もあります。

7-3 コストの問題
そしてアデュカヌマブの投与には、1人に対して1年で610万円のコストがかかります。(4週間毎に1回、1時間かけて静脈から投与します)

8 結論~アデュカヌマブの迅速承認をどう捉えるか

アルツハイマー病の詳細なメカニズムはまだまだわからないことが多く、その治療法として発案された今回のアデュカヌマブの「ワクチン療法・抗体投与」といった方法論もその機序についてまだまだ未知な所だらけです。

それでも米国FDAが承認した、ということで驚き嘆く人もいれば、待ってましたと称賛する声も多くあるようです。

今回のニュースに対し、「認知症の人と家族の会」代表理事の鈴木森夫さんは、

明るい希望となる新薬だ」と評価する一方、「治療薬というより予防薬」であり、現在認知症で苦しんでいる人やその家族にとってはあまり関係ないので、そういった方たちはあきらめてはいるが、あきらめきれないものもある。

そして何より危惧するのは「共生という意識が弱まるのじゃないか」ということだ。「非薬物的な治療」「ケアの新しい取り組み」「地域での共生」などの機運も同時に高まることを望んでいる。

それでもなお、今回FDAが迅速承認し、根拠が薄くても患者の利益を優先したことは英断だと思う。

と述べられています。

●わたし(藤田)のまとめ

この薬「アデュカヌマブ」が日本で承認されること(2020年12月に日本の厚生労働省に承認申請されています )があるのか、承認されるべきなのか、わたし(藤田)にはわかりません。

ですがわたしも上記鈴木さんと同じく、認知症の治療はともかく、認知症と「共生していく」意識を、肩の力を抜いて気軽に持てるようになりたい、と思うのでした。

では、また次回、何かでお会いしましょう!


<参考サイト>

1) 「アデュカヌマブとこれからの認知症治療」
https://www.youtube.com/watch?v=Mj7Qo5GGNw0

2) 「認知症の病型分類は?」
https://www.almediaweb.jp/stomacare/dementia_care/part2/005.html

3) 「認知症とは」
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_recog.html

4) 「認知症の歴史的背景と定義」
http://184.73.219.23/worldpl/16_bookguide/sample/老年医学の基礎と臨床Ⅱ -honbun.pdf

5) 「アルツハイマー病に対する新薬アデュカヌマブ(AduhelmTM)の米国FDAの承認について」
https://www.jmari.med.or.jp/download/RR109.pdf

6) 「アルツハイマー治療薬「アデュカヌマブ」承認されるか」
https://www.asahi.com/articles/ASP2D654ZP2DULBJ01S.html#:~:text=「アデュカヌマブ」は、ドミノ倒し、とめようという薬です。

7) 「アルツハイマー病(Alzheimer disease)2006年2月東京都精神医学総合研究所 秋山治彦」
http://www.jsnp.jp/cerebral_12.htm

8) 「アルツハイマー病:分子病態と治療戦略」
http://www.rouninken.jp/member/pdf/22_pdf/vol.22_02-22-05.pdf

9) 「アルツハイマー病のワクチン療法updated」
https://jams.med.or.jp/event/doc/125054.pdf

10) 「新しい認知症治療薬「アデュカヌマブ」誕生の夜明け前」
https://www.alzheimer.or.jp/wp-content/uploads/2021/05/polepole489n.pdf

11) 「血液脳関門に関する最新の知見」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/organbio/20/1/20_36/_pdf

12) 「抗体医薬とは」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakyoshi/68/7/68_286/_pdf

13) 「神経伝達物質と神経疾患」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ojjscn1969/21/2/21_2_97/_pdf/-char/ja

14) 「神経伝達物質の機能を探る---シナプスに魅せられて」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/yakushi/137/4/137_16-00258/_pdf

15) 「認知症施策推進大綱」
https://www.mhlw.go.jp/content/000522832.pdf

16) 「老年医学 update 2005-06」
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/pdf/update_05_06.pdf

<写真・図>

・アロイス・アルツハイマー
https://ja.wikipedia.org/wiki/アロイス・アルツハイマー

・老人斑と神経原線維変化
https://www.bri.niigata-u.ac.jp/~idenshi/research/ad_3.html

・アセチルコリン
https://www.kango-roo.com/learning/6686/

・アリセプト他市販されている4つの認知症の症状改善薬
https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00053853

・症状改善薬と疾患修飾薬の効果の違い
https://www.youtube.com/watch?v=Mj7Qo5GGNw0
より抜粋

・アミロイド・カスケード仮説
http://www.rouninken.jp/member/pdf/22_pdf/vol.22_02-22-05.pdf

・デール・シェンク
https://www.asahi.com/articles/ASP2D654ZP2DULBJ01S.html

・アルツハイマー病進行の時間経過
https://www.youtube.com/watch?v=Mj7Qo5GGNw0
より抜粋

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?