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転生しない移動音楽団日記⑫〜1人と12匹の世界観編〜

【Episode:11-幸せのカタチと桃】

連休2日目の朝は、とんでもない朝寝坊から始まる。
10時を過ぎた時計を見て、流石にお腹が空いたので億劫そうに起き上がった。

昨日は密度の濃い日だった。
教えて貰った私の悪い癖、幼馴染の平手打ちと涙。
一気に進めた2匹との出会い。
ちょっと違うモノが混ざっている気がするが、愛のムチだと分かっているから良しとする。

朝はご飯派の私は、生卵と醤油に少し黒胡椒を振ったブランチを簡単に済ませ、昨日の出会いをPCに整理する。8匹との出会いがまとめられたフォルダを眺め、不思議な気持ちを抱いていた。

バラバラになった心を回収する様に綴られた文章。
あの子達には本当に沢山のものを貰っている。
いつまでも家族と笑っていたい、その為に。

「続けよう、次へ。」

そっとPCを閉じて、次の出会いへ。

見慣れた別室。扱い慣れたセット。すぐにでも日記帳を進めたい所だが、今日はどうしても、まず家族達に会いたくて仕方が無かった。

「みんな、おはよう!調子はどうだい?」

拠点に入って来た私を、ぱぁっと笑顔で迎えてくれる12匹の家族達。みんな駆け寄り、モフモフスリスリ祭りの開始だ…あぁたまらない…天国…。

しばらく天国を堪能した後、冷蔵庫に冷やしておいた青りんごのタルトを振る舞うと、喧嘩する事もなくそれぞれ嬉しそうに頬張る。
平和で優しい私の家族達。日に日に愛しさが増していく。

今日は特に陽の光が程良く暖かい。デザートを食べ終わった12匹は、公園に行って来る!と一斉に出かける準備を始めた。気を付けて行っておいで。

「…夕月、いい?」

こそっとコメットがみんなの死角から話しかけて来た。何かあったのだろうか?目線を合わせて微笑んで話を聞く。

「どうしたんだい?限定のタルトは美味しかったかな?みんなが好きそうだなと思ってねぇ。」
「凄く美味しかったよ!…ところでさ、私達だけで公園に行って何してると思う?」

ニヤニヤするコメット。これは何か可愛い事を企んでいるな?さぁわからないねぇ、とコメットを撫でながらキッチンでの内緒話が続く。

「音楽団の宣伝をしてるんだ!次の旅に出るって言ってたでしょ?この街を出る前に、演奏会をやろうってみんなで決めたんだ!」

次の、旅。
撫でていた手が止まる。
苦し紛れに付いた嘘を純粋に信じているんだ。

「夕月?ダメ、だったかな。」
「あ、いや、少し驚いたんだ。流石リーダーだねぇ、頼もしいよ。」

それじゃあ私も練習しておかないとねぇ、とコメットを抱き締めて、ぐっと込み上げる物を堪える。
その旅はきっと私だけになるだろう。最後に家族達と演奏会が出来るなんて幸せじゃないか。

話したのは内緒だからねーと大声で言いながらみんなの後を追うコメットを見送り、俯いたまま足早に別室に移動する。

「何て優しい…っ…。」

パタパタっと床に落ちる後悔。こればかりは自分が悪いのだから、今更ベソをかいても遅い。

__恩返しが出来たら良いんだけどねぇ__

私の、口癖?
出迎えてくれたこの街に、恩返しをしようと?
12匹はやるべき事をやっているんだ。なら私も。

「やるべき事をやらないとねぇ。」

泣くのは全てが終わってからだ。
羽根ペンと、だいぶ減ったインク瓶。青い鍵を首にかけて日記帳を取り出す。
次はあの子だ。

「なぁ、日記帳。私が家族達に出来る恩返しって何なんだろうねぇ?嘘を後悔してるんだ。」

君と話す事が出来たら、何て言うのだろう。
するりと青い表紙を撫でながら想像するが、答えなんて返ってくる筈が無い。
苦笑しながらカチ、と開けて「書く」を選択する。
ぶわりと起こる、風。

今日もまた時間が進む。過去となって後押しする。
停止の花園は止まらない。笑顔を咲かせたまま。

気が付くと、リヴリーの研究施設の中だった。
8匹と人間の私は、研究施設の見学会に参加しているらしい。首からスタンプカードとカメラを下げた人間の私は、他の荷物を持っていなかった。

日記の私が軽くなって何よりだ。
が、久々に空を飛ぶ感覚はいつだったかのスカイダイビングの夢を思い出すから勘弁して!

リヴリーは沢山の種類が存在する。今でも調査や研究が続けられ、新種も続々と発見されている。
難しい説明を聞きながら進むと、今度は色んなリヴリーの赤ちゃんが種類毎に分けられた、ガラス越しの部屋ゾーンに差し掛かった。

新しい家族として迎えられるのを待っている間に、ホムや他のリヴリーを沢山見ることで慣れやすくなる様にお披露目していると説明された。
正直、何だか現実のペットショップみたいでいい気分はしない。

「あ!私達の赤ちゃんの部屋ですよ!」

スピカが促した先には、モノコーンの部屋ゾーン。
まだよちよち歩きの薄いグレーの毛先が何とも愛らしい。
キュイ、と可愛い声をあげて赤ちゃんが寄っていった先には、薄桃色の成熟したモノコーン。

「研究員さん、あの子は赤ちゃんじゃないだろ?」

人間の私も不思議に思った様で、その場にいた研究員に話し掛けている。8匹の家族達も不思議そうに、その子を眺めていた。

「あの子は研究施設でそのまま大きくなった子でして、飼育係が食事を間違えましてね。色が付いてしまったせいか、未だにお迎えが無いんです。」

そのモノコーンは一生懸命に赤ちゃんのお世話をしている。あやしたり、毛繕いをしたり、どう見たって働かせてるじゃないか。
あの子に首輪は見えないという事は。

「へぇ、それでタダ働き。素晴らしい研究に感動モノだねぇ?」

下衆な笑みを浮かべる人間の私に、研究員はカチンと来た様だ。大声で反論し始めた。

「我々の研究の成果でペットを飼えている分際で、何だその馬鹿にした態度は!誰からも迎えが無いのは、あのモノコーンに魅力が無いからで!」

見学会に来ていた全員の空気がぴりっと凍る。
笑顔はそのままで、人間の私から、すっと瞳の光が消えた。
あ、怒ってる。あの研究員、可哀想に…。

「みなさーん、ここはペット施設らしいですよー?パンフレットの場所とは違うのかなぁ?」
「お前…つまみ出すぞ!まず何だ8匹も連れて!我々の研究では通常は…」
「残念、ウチは家族でねぇ。生憎だけど、そちら様はペットの研究をしていらっしゃるんだろう?大体食事を間違えておいて魅力がないとか、論文にそう書くつもりかい?ペットの研究!ってねぇ。」

家族は専門外だろう、ペットのご立派な研究が通用するのかい?と畳み掛けられて、他のユーザーからヒソヒソと怪訝な声や嘲笑が上がる。

ぶるぶると真っ赤に震え上がった研究員は、突然モノコーン部屋に乱暴に入り、怯える赤ちゃん達を押し退けながら大きくなったモノコーンを無理矢理引きずり出してきた。

きゃあっと見学者達から悲鳴が上がる。
あの野郎!と今にも噛み付きそうなホタルを他のみんなが一生懸命宥めていた。

「随分と大口を叩くじゃないか!コイツは我々研究員にすら懐きやしないヤツだ!大層な口を叩くならどうにかしてみろよ!」

あー、いたいた。大学にもこういうの。
ちょっと有名な助教授のゼミに入っただけで虎の威を借る狐みたいなやつ。

床にバタンと投げ付けられたモノコーンを見て、人間の私から完全に笑顔が消えた。
勿論、黙っちゃいないよねぇ?

「この施設では、こーやってリヴリーを扱って、研究!研究!と言ってるんだねぇ。反吐が出るよ。」

家族達が一斉に、そのモノコーンに駆け寄る。

「大丈夫?私はえにしよ。何があったの?」
(痛い…。うち、また何かあの研究員さんの気に障ってしもたん?えにしさん、堪忍な…。)
「また?普段からこんなに乱暴なの?」
(うちが悪いんや。電球ひとつも交換出来へんで、手間を取らせてしもたから…。)

通心をしていないバカ研究員には聞こえない会話。
空中に浮いている私は触れられないのを良い事に、頭を一発引っ叩いておいた。
勿論すり抜けるので、気持ちだけ。

「…夕月。」

はい、家族全員が完全にお怒りです。
人間の私はひらひらと手を振りながら、ちょいと失礼と人混みをかき分けて、通路の先にある大きなホールのグランドピアノに向かって進む。

「お前、俺に敵わないから逃げるんだろう!」
「バカなヤツ程ぎゃーぎゃー喧しいねぇ。さしずめ、私は音楽の博士ってとこか?」

家族に優しく連れられてきたモノコーンは、私を見て悲しそうな顔をしている。
ガルガル文句を物理で訴えそうなホタルを、こーらダメよーバカを噛んだりしたら、とえにしが研究員に青筋を浮かべながら止めていた。

「綺麗な色のお嬢さん、音楽は好きかい?」
(音楽?施設ではずっと流れてはるから、うちは赤ちゃん達に子守唄を聴かせる位で…)
「はは、真面目な子だねぇ。一曲いかがかな?たまには違う曲も良いだろう?」

すっと鍵盤に手を置くと、高音でキラキラと鳴る、まるで水が流れる様な旋律。
ホールに響き渡る、美しいアルペジオの音色。
懐かしいねぇ、この曲は…。

日本の音大の自由曲で弾いた、フランツ・リストの晩年の名曲。
巡礼の年第3年第4曲、エステ荘の噴水。

アルペジオとパッセージで噴水の水を表現した旋律に魅了され、詰まったスケジュールの中取り憑かれた様に練習を重ねた。
ピアノ科の教授は立ち上がって、1年生でここまで弾けるのかと興奮気味に驚いていたねぇ。
院進せずイギリス留学を心に決めていた事を伝えると、君なら大丈夫だと背中を押してくれた。

__私が差し出した水は人の中で湧き出でる泉となり、永遠の生命となるであろう。

曲の半ばに引用されるとされるヨハネ福音書。

君が選ばれなかったのは魅力がないからなんかじゃないんだ。新しい命を守る役目を真面目に務めていたじゃないか。
出会いの先で、永遠の絆が生まれるように。
君のドラマはこれから始まるんだ。

ホールに残響の余韻を残し、場が静まり返る。
同時に割れんばかりの拍手と歓声。
人間の私はピアノに手を付いて一礼してから、真っすぐ見つめるモノコーンに微笑む。

「どうだい?いつもと違う曲は?」
(素敵やったわぁ…。うちは世界を知らなすぎたんやね。)

瞳を潤ませた薄桃色の頭をそっと撫でる。

「知らない事なんて山程あるさ。ここで巡り会えたのは偶然の積み重ねかもしれないねぇ?」
「もっと知りたくなってしもたんよ。掴んだ物はもう離さへん。」
掴んだ物は離さない、か。
そうだよねぇ、だって君は…。

どこが懐かないんだい?と鋭く研究員を睨むと、ぽかーんと呆気に取られていた間抜け顔がまたみるみる赤くなっていく。
おいおい、まだやる気なのか?辞めておいた方が…。

「幸せのカタチを教えて欲しいんや。うちは貴方と、その家族と世界を知りたい。うちに名前を付けてくれへん?」
「やっぱり真面目な子だねぇ。私は夕月。君の名前は桃だ。ほんのり色付いた柔らかな色だよ。」

ドスドスと大きな足音を立てながら見学者達を肩で突き飛ばして向かってくる研究員に向かい合って、9匹の家族達が人間の私を守ろうとする様に横一列に立ち塞がる。
ぶちっと堪忍袋の緒が切れた研究員は、大声を上げながら信じられない行動を取った。

「この…っ、出来損ないがぁ!」

いきなり桃を蹴り上げようと足を振りかぶった。
これで研究員様かい。他の同業者が可哀想になる。

「ホタル。」
「おう!夕!待ってましたぁ!」

勢い良く研究員の身体めがけてホタルが突進。
ボゴッ!っと凄い音がしたが、角が鳩尾にでも入ったんじゃないのか?

大の字に倒れる研究員と相反して、華麗に空中で一回転しながら着地するホタル。
ウチの家族に手を出す奴には容赦するか!と言いながら、フン!と鼻を鳴らす。

誰も研究員に手を差し伸べようとはしない。
コツコツと足音を鳴らしながら、唸り声を上げる研究員の胸倉をぐいっと掴み上げたのは、人間の私。

「いいかい?この子、桃は今日からうちの大切な家族だ。ここにいる全員が、リヴリーは家族だと思ってるんだよ。それが分からないなら、母ちゃんの腹の中から出直して来な。」

丁寧にシャツの襟を直してやってから踵を返す。
みんな、帰って食事にしようか。今日は歓迎会だよと言いながら施設を出ようとした時、燕尾服の男性に呼び止められた。

「失礼。この度は当研究所の者が大変ご迷惑をおかけいたしました。私は博士のアキラ・ミュラーと申します。この研究所の代表者として、心よりお詫び申し上げます。」
「はぁ、ドクターアキラ?どうも。まぁこっちも好き放題やったんでね、頭を上げてくださいよ。」

寛大なお言葉、感謝の言葉もございません、と丁寧に謝罪する代表者に、人間の私とホタルは少しバツが悪そうだ。

えにしの陰に隠れていた桃に目線を合わせると、その紳士は優しく微笑む。

「桃、か。素敵な名前を貰ったね。これからの君の未来に、沢山の幸せがあります様に。」

桃はしっかりと見つめ返すと、ぺこりとお辞儀をする。やっと飛び立つモノコーンに安心した様な息を吐くと、人間の私を振り返る。

「これからご家族の歓迎会をなさるとか。宜しければ当ホテルでパーティーはいかがですか?お詫びに最高のおもてなしをさせていただきます。」

さっと胸元から取り出したのは、リヴリーと宿泊できる最高級のホテルとして有名な「ホテルヴィラ」のVIPカード。

「既に夕月様と可愛らしいご家族分の手配はいたしました。館内にはグランドピアノもございます。今夜はご存分にお楽しみください。」

また深々とお辞儀をして館内に消えて行く紳士。
少し間が空いて、わあっとみんなは大喜び!
今日は宴会だーご馳走だーと大はしゃぎしながら、ホテルに向かってわいわいと走って行く一行を半ば呆れて見送る。
家族達が笑顔ならいいか、と笑った所で、私は日記帳の前に座っていた。

「ふふっ、まさかホテルのVIPカードとはねぇ。」

家族を守りたい私の心。それはみんなも一緒だったのか。身を挺して守ろうとしてくれるなんて、危ないじゃないか。

ふと、気付いた事がある。
アキラ博士なら、何か知っているんじゃないか?

不正アクセスのバグが起きても強制退会にならなかったアカウント。
運営の寛大な処置かもしれないが、代々リヴリー研究の第一人者を担う一族だ。
何か手掛かりがあるかもしれない。

そして。

今日書き上げられた日記のページの最後。
挟まっていたホテルヴィラのVIPカード。
日記帳と話せたら…の答えがこのカードなら、賭ける価値は十分だ。
日記帳を机に仕舞うと、指でカードをピンと弾く。

「夕月はん、懐かしい物を見つけたんやね。」

扉からひょこっと顔を出した桃が笑っていた。
私の記憶に無くても、この子達の記憶として存在するんだねぇ。忘れ物でも取りに来たのかい?

「たまたま見つけてねぇ。いい思い出だろう?」

椅子に座った私に優しく頬擦りする桃から、優しい青い花の香りがする。ふわふわで、暖かい。
急にどうしたんだい?と笑いながら撫でてやる。
ふと、桃が照れくさそうに呟いた。

「最近の夕月はんは、何やらふらりと消えてしまいそうで…甘えたくなったんや。」

ふらりと消えてしまいそう。

出来れば考えずにいたかった、逃げられない時間。
黙って受け入れるしかないのか?
確実に進むページ。終わりが見えた物語。
ぎゅっと正面から抱き締める。

「なぁ、桃。」
「…どないしはったん?」

君は幸せのカタチを見つけたかい?
私は、見えているのに届かないんだ。

遅い様で早い噴水孔の水流の様に、勢い良く吹き出してしまうんだ。
青い花弁を、穏やかな水面に浮かべたままで。


続きはこちらから。
__それではまた、お会いしましょう。


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