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転生しない移動音楽団日記③~1人と12匹の出会い編~

【Episode:2-桜と藤とえにし】

(…ほとんど、眠れなかったねぇ)

思っていたよりも図太い神経は持ち合わせていないらしい。お陰様でスカイダイビングの夢まで見てしまったじゃないか。
もう、高い所は勘弁願いたい。

朝食を軽く摂ってからゲームにログインすると、いつもと同じ様に別室からスタートする。
救いなのは、ゲームのホムにはクマができない事。気分転換に初めて使うリボンを胸元に付けて、みんなの朝食準備をしようか。

「昨日は殆ど一緒にいてやれなくてすまなかった、さぁ食事が終わったら街を回ろう!」

満腹になった12匹は元気に私を急かす。
わかったわかった、昼までに沢山出かけようねぇ…本当に可愛い子達だ。

滞在中の街の住人達にギターを弾いて挨拶をしながら、木の実の収穫や水やりの手伝いをして回る。
合間に情報収集もしてみたが、やはりホム以外、ましてや人間に出会った経験はないそうだ。一先ず街での手掛かりはナシだねぇ。

どこか具合でも悪いのかと心配されたが、昨日変な夢を見たんだと笑っておいた。嘘は付いていないだろう?スカイダイビングとは言わなかっただけで。

カゴいっぱいの木の実と食料を持って一旦拠点に帰還する。12匹は散歩に行きたいと大はしゃぎ。
君たちの素直な愛くるしさに、私は日々癒されているんだ。気を付けて行っておいで。

みんなが出かけている間に昨日起きた事を整理しなければ…ここがゲームの世界だなんで知られる訳にはいかないんだ、悲しむ顔なんか見たくない。

「夕月さぁ、何かあった?」

全員出かけたと思っていたから、驚いて大声をあげてしまった…なんだ、まだいたのかいコメット。もうみんな公園に行ってしまったよ?

「何も無いさ、少し夢見が悪かったんだ」
「昨日から変だよ?顔色も良くないし…」

心配そうにすり寄るコメットを優しく撫でてやる。
大丈夫、次の旅先を探しているだけだと微笑んで公園に送り出す。
何かあったら呼ぶんだよー!なんて、全くどっちが団長なんだか…しっかりしないと。これは私がやるしかないんだ。

1人別室に移動して記録を探すが、やはり何も出てこない。当たり前だ…有り得ないんだから。
考えを巡らせる。闇雲に棚やデータを漁っても埒が明かない、いくつか仮説を立ててみよう。

まずゲームのイベント説。
今月はリリース周年記念だから、サプライズイベントが告知無しで行われている可能性がある。
だがそれなら他にも同じユーザーがいて、話題になっているはずだ。街中聞いて回って1人もいないなんて、この仮説の可能性はかなり低そうだな。

次はゲームのバグ説。
最近アップデートがあったばかりだ、何かしらのバグがあってもおかしくない。
スクショも貼れない、DM機能も無いプライバシー保護バッチリの子どもから楽しめるゲームだぞ?
動作不良はあっても、あんなリアルな生身の人間が現れるバグがあるか?もうホラーゲームだろう。これもナシだ。

次は気のせい説…いけない、これはただの現実逃避、思考停止だ。仮説でも何でもない。

「っだー、完全に行き詰まった…。」

力なく机に突っ伏する。全く、どこから手を付けたらいいんだ?資料もない、体験談もない。
手っ取り早く運営に問い合わせるか。
だがなんと説明する?ゲームで人間を見ましたってバカ正直に聞いた所で困らせるだけじゃないか。

…インクの匂い?

そうだった、昨日の羽根ペンとインク瓶を片付けていなかったのか。何やってるんだか。
ふと、伸ばした手が止まる。可能性があるとしたらコレなのでは…いやいや、あまりにも非現実的すぎやしないか?
ドクンと鼓動が早くなる。机に仕舞った日記帳。

「試すしかなさそうだねぇ。」

ゆっくりと机上に取り出した後、深呼吸をして、鍵をカチ、と開ける。途端。
ぶわりと風が吹いた。あぁ、手掛かりはやっぱりコレしかないんだろうねぇ。という事は…

「だから高い所は苦手なんだよ!」

今夜もスカイダイビングの夢は勘弁願いたい。
昨日と同じく、私は空に浮いていた。予想通りだよ!どうせ上から見下ろすんだろうってね!

だが明らかに違う点があった。音が聞こえる。
どういう事だ?ゲームに登録してコメットを迎えた後、本登録が済んでユーザーになったから聞こえるようになったのか?

そうだとしたら、今見えている物はどう説明してくれる?

人間の私がコメットと歩いている。そしてホムの衣装が本物の服になっている。今度は何が起こったんだ?どれだけ頭の中を引っ掻き回したら気が済むんだよ!

どうやら演奏とパフォーマンスの練習をしているようだ。誰もいない桜並木の下で楽しそうに歌って、あーでもないこーでもないと会議しながら何度も繰り返し。
そういえば始めたての頃は良く年中桜が満開の不思議な公園にコメットと出かけたなぁ。

微笑ましい新米コンビは、じゃれ合いながら気持ちよさそうに原っぱに転がってしまった。つい笑みがこぼれる。
後はいい加減空中をやめてもらいたいんだがね!

そこに1匹のモノコーンが近付いてきた。
美しい螺旋を描く巻き角が特徴的な、桜の花に映える淡い藤色の毛。

また心臓が高鳴る。あの子は…。

寝そべりコンビはモノコーンに気付き顔を見合わせている。コメットの時とは違い、今回は人間の私が躊躇なく近付いていった。

「君だけかい?」

少し屈んで目線を合わせられたモノコーンは、少し間が空いた後に遠慮がちにひとつ、小さく頷く。コメットも何かを察した様で、人間の私の隣にピッタリと寄り添っていた。

あー、と恥ずかしそうに頬を掻いた人間の私は、まだ練習中なんだが良かったら聴いてくれないかと話しかけていた。おいおい、馴染み過ぎだろう。

…やはりこの記憶はない。昨日と同じだった。
一体どういう事なんだ?無い筈の出会いの場面が、しかもホムの姿でない私が?

いや、ここでまた思考停止しては元の木阿弥。有り得なかろうが何だろうが手掛かりを掴んでやる。
もはや高所恐怖症で震えているのか、はたまた別の何かなのかはわからない。
ぐっと胸の前で手を握りしめて眼下を見やる。

聴こえてきた曲は、私の作った物だった。
現実世界で初めて作った曲…何故わざわざこれを?

…やめてくれよ。何でそんな楽しそうにその曲を歌うんだい?1番有り得ないじゃないか。
コメットも背中に乗せたり飛び回ったり、何で…。

良くない感情が込み上げていた。ドス黒くて粘っこくて冷たい、泥濘に飲まれるような汚い思い出。貧血に近い目眩で嘔吐しそうだった。

(…あのね)

我に返るきっかけは、耳で聞こえない頭の中に直接響く声だった。
そうだ、何をしている。私がやらなくちゃいけないだろ!見ろ、聞け、何かを得ろ!

ゆっくりと近づいて来るモノコーンに、人間の私の手が触れた時だった。
…声が、聞こえる?

「本当は、ずっと見てたの…でも、もう嘘ついて、何を言いたかったか忘れたくないから…」
「はは、面白いな。君は嘘つきなのかい?そうは見えないねぇ?」

あぁ、これもか。やっぱりそうなんだ。

「伝えたい言葉がね、沢山あったの。楽しそうとか、えと…仲間に入れて欲しいとか、溢れそうなほどあった。ねぇ、私に名前をくれない?」

そうか、溢れそうなほどあった、か…。

「一緒に来てくれるのかい?ふふ、そうか。私は夕月。そして君の名前は、えにし。どうだい?新しい私達の家族。」
「私はコメットだよ!キミ…じゃないや、えにし、ありがとう!」

コメットが嬉しそうにえにしに擦り寄ると、はにかんだ様に人間の私に笑いかけていた。
そして桜の公園からふっと消えると、私はまた日記帳の前に座っていた。

呼吸が浅く荒い。べたりとした汗がしばらく止まらなかった。ホムだから、汗は感覚だけだが。
ふう、と息をついて日記帳に視線を落とすと、お約束しっかりとインクで書き足されていた。

気分は走る車の窓から飲みかけの炭酸ジュースを外に放り投げてやりたいくらいには最悪だ。
だが私の気分なんてどうだっていいさ。
得た物は大きいんだ。まだ仮説だが、十分だろう?

随分と時間が経っていた様だ、外はほんのりと夕焼けに移ろうとしていた。
今日は心配かける前に戻っておかないとねぇ。
日記帳に鍵をかけて机に仕舞う。

「…恐らくだけど、当分日課だろうな」

仮説は立てたなら立証しなければ。
インク瓶の蓋を閉じようと持ち上げた時、ホムの顔がガラスに映った。やはりホムは便利だな、どれだけ変な汗をかいても顔色ひとつ変わらな…

___「顔色も良くないし」___

…コメット、今朝何て言った?顔色が良くない?
馬鹿な、ホムだぞ?所謂アバターってやつで…

ガタン!と椅子を倒してしまった。ガラス瓶に映ったのは間違いなくホムの自分だった。人間の姿ならまだしも…。

「いつから謎解きになったんだい?このゲームは」

パタパタと賑やかな足音が遠くから聞こえ出した。
そろそろ帰ってきたのだろう。
…念の為、水で顔でも洗っておこう。汗だくだなんて言われたら頭がショートしそうだ。


続きはこちらから。
__それではまた、お会いしましょう。


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