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短編小説Vol.25「仮染しかない世の中で」


ある年の9月、進は約1ヶ月ぶりに学校を訪れた。ここ1ヶ月は敗戦のせいで学校どころではなく、久しぶりに学校に行けることが嬉しかった。

校門、校庭と通り、下駄箱で靴を脱いで、教室がある2階へと上がった。久しぶりに訪れた校舎はどこか小さいように感じられ、これまでに見ていたそれとは全く異なるもののようにさえ感じられた。

鐘が鳴り、先生が教室に入ってきた。手には何ももっておらず、開口一番「今日は授業はしない!官僚になるために自習に励みなさい」とだけ言って、教室を出ていた。
進は唖然として、先生が何を言っているのか理解できなかった。官僚になるため?何だそれは。まずその疑問が浮かんだ。

久しぶりの登校で状況が全く掴めていなかった進は、教室を抜け出し、先生を追いかけて、職員室へと向かった。
一階に降りると職員室の前でタバコに火をつけようとしている担任の姿があった。

「先生!お久しぶりです!」進が話しかける。
「おー久しぶりじゃないか!体調は大丈夫か?」重みの言葉で返事が来た。
「はい!大丈夫です!それより官僚になれとかおっしゃっていましたが、あれは何ですか?」
「言葉の通りだ。お国のために官僚になって立派な人間になるんだよ!これからは民主主義の時代だからな」
「急になんですかそれは。前までお国のために死ぬのが立派だっておっしゃっていたじゃないですか?」
「そんな考えももう古いよ。」
先生は進の質問に適当にあしらって、タバコを吹かせて職員室へと消えていった。

進はその瞬間に吐き気を覚えた。いや、先生の身の有り様に、吐き気を覚えずにはいられなかった。

つい先日までは「お国のために死んでこそ、立派な人間だ!」と息巻いていたくせに、突然「官僚になることこそが、立派な人間だ」とほざくのか。なにが民主主義だ。昨日まで天皇を神と崇めていたではないか。そんな奴が何が民主主義だ。明日には共産主義でも、歌い始めるのではないか、本気でそんな気さえしていた。この世の中に不変なことなどなく、全て仮染なのだと、進は強烈に感じた。

そして、ポケットの中に入っていた米兵からもらったチョコとやらを取り出して、職員室の窓に思いっきり叩きつけてやった。

ただそれが何とも快感であった。

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