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食本Vol.14『キッチンの悪魔』マルコ・ピエール・ホワイト

☆一人の天才三ツ星料理人の生き方を通して人間の食への貪欲さを知る本

いきなりですが、
私はミシュランの星を獲得したレストランに行ったことがありません。
興味がない、というわけではありません。メディアなどで取り上げられるミシュランの星を獲得した様々なレストランを見るにつけ、シェフの料理に対する情熱や料理、店舗の雰囲気、サービスに至るまで、きっとメディア越しに見ているだけより、行って味わってこそ素晴らしい経験となるのだろうなぁと思います。
ただ、超庶民の私としてはなかなかの決心のいる事の一つでありますので。
そう、それだけのことなのですけど。

本書は2019年に出版され、当時非常に話題になりました。ホワイトシェフの突き抜けた才能と料理、レストランについて、さらに破天荒な言動......何しろ最年少で三ツ星を獲得したシェフ&レストランは世界中のグルマンたちの中で知らない人はいない、そんな超一流のシェフの自伝ですから、そりゃあもう話題にならないわけがありません。

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危険なカオリのするイケメンです。

☆料理人は、発明でなく改良の世界に住んでいる
本書は主にシェフの幼少期から、少年期、料理人になりたての頃、才能がどんどん開花されて行き、三ツ星シェフになり、その名声を捨てて引退を決意するところまでの人生いろいろが書かれています。
ただシェフのことをよく知らないわたしにとっては表紙のフランス映画に出てくる不良イケメンの写真から受けたインパクト以上のインパクトはなく、一人の天才料理人の生き方について静かに読ませていただきました。
それよりも、です。
合間合間に挟まっているコラムにはシェフの”料理観”がストレートに書かれていて、わたしにとってはこれがとてもおもしろく、本文では”暴れん坊”のイメージが強かったシェフの人間像が一気に”料理に対して非常に真摯でくそ真面目でストイックな研究者”というイメージに変わりました。
コラムは全部で8あるのですが、その一つ一つが料理に対するシェフの哲学が生き生きと書かれています。

コラム1の出だしはこうです。
「美食の道は技術に始まる。技術がなければ、美食はマスターできない。
最高の食材を買い揃え、完璧に料理するためには、自分が何をしようとしているのか、なぜそうするのかを自問しなければならない。」


プロの料理人と素人の圧倒的な違いは何だろう?と思う事がありますが、
プロと素人の大きな違いは、単なる「味」や「見た目」ではなく「技術」なんですね。
シェフの言葉は料理だけでなく、仕事や日常生活についても通ずることがあるように思います。自分が何をしようとしているのか、なぜそうするのか。
一つのことを極めようとする人の言葉は、本質をついてます。

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キッチンにいる時は手を動かすこと以外のことを考える時間がなかった。そうです。

哲学的なコラム7
「料理人は、発明ではなく改良の世界に住んでいる。少なくとも、私はそう考えている。素晴らしい料理を発明したと主張するやつらは、そう思い込んでいるにすぎない。。。。」
シェフは本書内でたびたび”改良”という言葉を使っています。
このマルコ・ピエール・ホワイトというシェフは天才肌で直感型芸術家肌の料理人というよりも、料理人としての自己を常に俯瞰で見ていて、料理人とは何をすべきものなのか、が見えている人なんだなあと思います。

☆料理人の脳とは
料理人ではない一庶民にとってもちょっと嬉しいコラムを紹介します。

コラム4より
「料理人の脳。それは、心のなかで、皿の上の料理を絵として思い描き、そこから時間を逆再生する能力だ。家庭で料理をつくる人にも、同じことができない理由はない。料理は簡単だ。今、これから何をしようとしているのか、なぜそうするのかを考えるだけだ。だが、自分が何をしようとしているのかを考えもしないプロのシェフは、あまりにも多すぎる。」

「自分が今何をしようとしているのか」「なぜそれをするのか」「常に自分の行動とその意味を考えなさい」ということを全コラムを通じてシェフが我々に何度も何度も語り掛けているメッセージのように感じます。

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巻末の付録。なんとホワイトさん直伝レシピ!
三ッ星レストランのサンドイッチがご家庭で⁉

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ホワイトシェフのYou Tubeを発見。ヒラメのフィッシュ&チップス。
イギリス人のソウルフードもホワイトシェフの手にかかるとなんだかめちゃくちゃグルメな一皿に見えてしまう。

☆今回の”旅”で教わった「食」「食べる」こととは。
食べることはヒトに限らずあらゆる生物が生命維持のために行う行為です。
が、「料理」はヒト~人間~だけが持っている「食べるための技術」です。
キッチンの悪魔 マルコ・ピエール・ホワイトシェフから教わった「食」とは「食べる」とは、食べること、それは人間にとってはただの行為ではなく、技術を用いることでより一層豊かなものになる、ということでした。
そして、もう一つ本書を通じて感じたことは「人間というものは”欲”によって成長、進化していくものなのかもしれない」ということでした。
だって、より美味しく食べたい、という「欲」があるからこそ、技術を磨き、改良によって美食がつくられてきたわけですから。
ただし、「欲」がエゴにならなければ、の話ですけど。

☆今回の食本
『キッチンの悪魔~三つ星を越えた男』マルコ・ピエール・ホワイト/ジェームズ・スティーン著 千葉敏生訳(みすず書房)

☆本日のおまけ~たかがトースト、されどトースト

感動のバタートースト

初めて下車した駅にて、たまたま入った喫茶店で頼んだトーストセットがいまだに忘れられません。
薄すぎず厚すぎず、ほどよい厚さで中心部までほかほかと温かくふわっとしながらもしっとりとした食感のトースト。
その上にまあるく乗せてあるものはただのバターではなく、ほんのり甘みと塩味を感じる、生クリームを混ぜ合わせたホイップ状のふんわりバター。
添えてあるレタスは丁寧な千切り。ちょうど良い酸味の自家製ドレッシングで和えてあります。
トーストとバターとレタス。これだけなのに、一つ一つ細部まで手を抜いていないことが伝わってきました。
トーストとバターとレタスにこんなに感動したのは後にも先にもこれが初めてでした。


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