映画「君たちはどう生きるか」の衝撃から一年
宮﨑駿監督作品「君たちはどう生きるか」が公開されてから一年が経った。
ということで、私のnoteでは何度か「君たちはどう生きるか」について書いているのだけど、改めて個人的な作品の感想などをこの映画を振り返りながら書いていこうと思う。
※ネタバレあります。
驚きの映画体験
「君たちはどう生きるか」は「宣伝をしない」ことで話題になった。
前情報はあのポスターのみ。
「本当に宣伝なしで行くのか!?」っていう人もいれば宮﨑駿の新作が出ることすら知らないという人もいた。
そして本当に宣伝はされず、、、、。
私は公開初日に観に行ったのだけど、個人的には最高の映画体験だった。
「一体どんな映画なんだ、、、」と色々想像を膨らませて、
あんなにワクワクした映画体験は初めてだった。
加えて、私はそもそもスタジオジブリの作品を映画館で観るのはこれが初めてで、青背景にトトロの絵に「スタジオジブリ作品」という文字が表示されてすでにそこで感動。
そこからサイレンの音が鳴って火事のシーンの冒頭三分間
「やばいものが始まった、、、」と思った。
宣伝がなかったが故に映画の展開や絵が全く予想できなくて、
常に自分の見たことのない世界が広がっていた。
そして刻一刻と映画の終わりが近づいていくのを感じて、
「ああ、寂しいなあ」って思ったり。
こんなに感情を動かされた映画は初めてだった。
スタジオジブリと宮﨑駿だからこそできる唯一無二の映画体験だった。
意外と優しい宮﨑駿
「君たちはどう生きるか」というタイトルを見て多くの人が
「説教される、、、」思っただろう。
「君たちはどう生きるか」
まさに説教っぽいタイトルである。
私も「もしかして説教されるのか、、、?」と思っていた。
もう世界に失望して悲観的で突き放すような宮﨑作品になっているのではないか、とまで思っていた。
思っていたのだが、、。
実際観てみるとむしろものすごく優しいおじいちゃんがそこにいた。
観る者を突き放すどころか、今までで最も観る側に寄り添った作品であると思う。
特にワラワラとかヒミのパンのシーンとかは、まさに多くの人が思い描くようなジブリ像と重なっている気がする。
サギ男とか”下の世界”に入ってから出てくるインコの描写などのコミカルさに「こんなにふざけてくれるのか、、、」と、もちろんいい意味で思った。
なんとなく説教をされると思っていたが故に予想外の展開で嬉しかった。
最終的に映画の中で想像の世界は崩壊するのだけど、全てを崩壊させつつもその世界も現実世界も他者も自分も肯定して映画は幕を閉じる。
絵がいつもと違うぞ!
私が「君たちはどう生きるか」を観てはじめに抱いた感想は
「絵がいつもと違う!!!」
ということだった。
耳の描き方や服のしわの描き方。目の描き方、キャラクターの動きまで。
いつもと違う….!
それもそのはず、宮﨑駿はこれまでアニメーターが描いた原画を全てチェックし、自ら修正を加えることで絵のクオリティを高めてきた作家だ。
それによって我々が感じる「ジブリっぽい」「宮﨑駿っぽい」生々しい質感は生み出されていた。
これが苦手、という人もいると思う。水のドロドロとか。
「トトロのお腹の上で跳ねる」動きや「トトロのお腹がへこむ」などの肌触りの表現はまさにそれで、
プロデューサーの鈴木敏夫さんによれば
「あれは宮さんにしか描けない」
しかし、宮﨑駿監督は現在83歳。
「君たちはどう生きるか」の制作が本格的にスタートした2017年でも、すでに76歳である。
「君たちはどう生きるか」制作の一番の懸念は「宮﨑駿の老い」だろう。
ただでさえ「原画を直す」という作業はものすごく重労働で、途方もない作業だ。
そこで今回作画監督として登場したのが本田雄さんだ。
本田雄さんはこれまで「エヴァンゲリオン」や「千年女優」など多くの作品で作画の中心人物として活躍してきたアニメーターである。
ジブリ作品では「崖の上のポニョ」や「風立ちぬ」などで原画、「毛虫のボロ」では作画監督として参加されているが、今回の「君たちはどう生きるか」で本格的に劇場長編作品での作画監督としての参加となった。
今回の「君たちはどう生きるか」では本田雄さんの雰囲気がものすごく出ていて、明らかにこれまでとは全く違う絵柄のジブリ作品になっている。
確かに今までのような宮﨑駿感は少ないと思う。
しかし、本田雄さんの存在によって宮﨑駿が今までやったことのない表現や、今までの宮﨑駿ではできなかった表現が多く取り入れられているのがこの作品だ。
また、宮﨑駿の難しい絵コンテに食らいついていく本田雄さんの影響で、宮﨑駿はさらに難易度の高い絵コンテを繰り出していったのだという。本田雄さんの登場が、宮﨑駿監督の創作意欲を掻き立てたのかもしれない。
この年齢でも自分よりも若いアニメーターにライバル心を燃やす宮﨑駿の執念。
NHKのドキュメンタリーに映っていた隣り合わせに机に向かう宮﨑駿監督と本田雄さんの姿はとても印象的だった。
驚異的な作画
作画に関して言えばとにかく描きまくっている。
カエルの群れ、鯉の群れ、ペリカンの群れ、インコの群れ、大量のワラワラ。この作品はとにかく強烈なモブシーンが多い。
これまでも宮﨑作品といえばモブシーンが特徴的ではあったが、この作品はますますそれに拍車がかかり、もはや狂気的な作画の領域に達している。
まさにこの作品に参加している名だたるアニメーターと、7年という制作期間の結晶。そして「本当にこれが最後になるかもしれない」という覚悟が滲み出る美しく、エネルギーに満ち溢れた素晴らしいアニメーションだった。
挑戦の作品
「君たちはどう生きるか」で新たな試みを行ったのは作画だけではない。
背景美術も今までとは違う緑を表現し、
プロデューサーの鈴木敏夫さんは驚異の「宣伝なし」を宣言。
音楽の久石譲さんは、情感が薄いため映画音楽には不向きと言われてきたミニマルミュージックでこの作品のサウンドトラックを書き上げた。
ここまできてなお新たな表現を模索し続けるそのエネルギーに、驚かされる。
さらに「君たちはどう生きるか」は今までの宮﨑作品の中でも上映時間に対するカット数が割と少ない。
「天空の城ラピュタ」では124分で約1640カット。
「千と千尋の神隠し」では124分で約1400カットだ。
それに対して「君たちはどう生きるか」は124分で約1250カット。
少ない。かなり少ない、、、。
これは実際に映画を見ていても感じられる。
特に前半はワンカットがかなり長い。
このことによって「ラピュタ」や「ナウシカ」のような冒険活劇のテンポ感とはやはりかけ離れている。
かと思えば、インコやサギ男のようなコミカルな描写もある。
これが独特の時間感覚と空気感を生んでいることは確かで、狂気や希望やアートやエンタメの入り混じった、混沌とした美しい映画だと感じた。
先の展開に心を躍らせながら、夢中になって読み進める漫画や小説というよりも、美術館に展示されている絵画を一つひとつじっくりと眺めていくようなそんな映画だ。
「君たちはどう生きるか」
日本アニメ界の名だたるスタッフ集結し、7年の歳月をかけて制作された全編手描きアニメーションの圧倒的な描写力。
80代とは思えないイマジネーションと創作意欲。
アニメーター・映画監督としての宮﨑駿の覚悟と執念。
集大成どころか、これまで積み上げてきた「スタジオジブリ」というものを覆し、この期に及んで新たな領域へ行こうとするエネルギー。
スタジオジブリと宮﨑駿の渾身の一作。
映画「君たちはどう生きるか」
公開から一年たった今もなお、私の心の中で暴れ回っている。