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ヒマラヤをうろうろと 4

「一緒にいた相棒はどこだい?」
シェルパの一人が話しかけてきました。彼はアメリカ人トレッカーに同行していて、ルートが似ていることからこれまで何度か宿泊するロッジが一緒になっている顔なじみです。が、話をするのはこれが初めてでした。

「帰ったよ。ギブアップだ。」
私がそういうと、一緒に行動しているシェルパのドミさんがシェルパ語で何やら補足をしてくれています。それを聞いたシェルパは、ニヤリとしながら首を振り、食堂から去っていきました。

***

エベレストBCのあるクンブの谷から一つ西の谷には、ゴーキョというこれまた大きな集落があります。近くには、初心者にも登りやすく見晴らしの良いピークや氷河湖が点在しており、トレッカーに人気を博しています。ここが私たちの次の目的地でした。

湖沿いにあるゴーキョ。奥にはチョ・オユー (8201 m)が見える。

で、谷から谷への移動は高低差のある峠越えをするのですが、峠を下った所にある小さな集落で宿泊した次の日、後輩が発熱しどうにも動けなくなってしまいました。どうやら溜まっていた疲れが、峠越えによってドッと出てきたようです。
「大丈夫です、下山はしません。」と彼は言いますが、熱は40度で食事もまともにとることができません。

最近は、現地ガイドとトレッキング会社が組んで、ヘリコプター救助を装い保険会社から大金を搾取するケースが横行しているので、ヘリコプターをむやみに使うのは推奨されません。
ですが、彼をここに残しておいても自力下山も難しいですし、回復も見込めなさそうでしたので、仕方なくヘリコプターの救助を要請しました。

衛星電話を使い、トレッキング代理店に連絡を取った後、海外保険会社に連絡します。電波が乏しいため、雪が降る中外でひたすらつながるのを待ち続けること30分、元気な女性が電話口に出てくれました。

「あの、ネパールでトレッキング中に高熱が出てしまったので、ヘリコプターの救助をお願いしたいんです。」

じゃあ保険番号を教えてください。折り返し電話差し上げますね!

「いやー、折り返しはお勧めしませんよ。電波が全然つかまらないんです。」

わっかりました!それでは電波の入るところで再度ご連絡いただいてもよろしいでしょうか?

「いやー、あのですね…」

と、何やらアホなやり取りをした翌日、雪の中ヘリコプターで運ばれる後輩をシェルパのドミさんと二人で見送り、トボトボとゴーキョに向かったのでした。

***

「ゴーキョ湖には神が住んでいるから、彼の事をお願いすればいいよ」。ゴーキョの食堂でダルバートを食べた後、ドミさんは私に笑いながら言いました。
言われるがままに外に出ると、湖は僅かに残った夕明かりを反射させてなんだか神秘的です。私は普段は無神論者、都合のいい時だけ神頼みという極めて適当な人間ですが、こういう景色を見てしまうと、神様の存在を近くに感じる気持ちも分かるような気がします。

ちなみに後日後輩から聞いたところによると、彼は空港から直接病院に運ばれ3日間ぐらい入院したそうですが、無事に回復してネパール観光を満喫していました。
病院食が毎食カレーで、その方が体調不良になりそうだったとかなんとか…

前回のお話はこちらです。もしよければご一読ください。