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目の見えない画家、モネ

先日、パリに行ってきた。

今回は、定番観光地よりも、気になってたけど訪れていない場所を、ということで、その一つのマルモッタン美術館に足を運んだ。
世界最大級のモネコレクションを所蔵するその美術館は、パリの中心地から少し離れた場所に位置する、こぢんまりとしたお屋敷を改装して建てられた美術館。

この美術館の目玉は、印象派・日の出。
印象派の名前の元となったこの絵は、優しくて、その真ん中に艶やかに輝く太陽が勇気を与えてくれる。どんな大変なことがあっても、この太陽が出る限り自分は大丈夫だ、と、私にはそう思わせてくれるような絵である。

その中でも、私の心を一際引き付けたのがこの絵達。

こちらの方がわかりやすいかな。


L'allée des roses

一見すると、あの優しく光溢れる睡蓮や風景を描くモネの絵とはかけ離れたような、赤と黒、茶色なんかが混ざったよくわからない、そんな絵のようにも見える。

画家は、長生きながらもその晩年は白内障を患い、目が思うように見えない中でも、彼自身の思う色彩と風景を求めて、筆をとり続けた。マルモッタンは、そんなモネの晩年の絵の変化を見られる、世界有数の美術館である。

私は、その事実をすっかり忘れていて、なぜこの区画の絵は(複数の部屋にまたがって展示されていたので)、離れてみないとモチーフが分からないほど筆跡が荒く、光の様子が私の知ってるものと違うのだろう、そう考えていたが、何より今までたくさん見てきた睡蓮でなくバラをモチーフにしているところに惹かれてしばらく眺めていると、年代を見て思い出した。

その瞬間に、春に訪れたジヴェルニーの色鮮やかな庭の様子、バラの小道があったであろう(訪れた時はバラの季節ではなかったので)道の様子、モネのアトリエの部屋がぐるぐると頭の中に浮かび上がり、目が見えないながらも、彼の想像する庭と自然を、光の様子を、彼の色彩で描こうとしていた画家としてのモネ、そして彼の気持ちを想った。力強く、思いのこもった絵の一方で、私にとってはなんだか切なくもどかしい絵でもあった。

他にも何点か、同時期の作品があるのだけど、例えばこの作品は Le pont japonais、太鼓橋の絵である。あの慣れ親しんだ、睡蓮の浮かぶ青を基調とした光の溢れる太鼓橋とは違いこそあれど、彼の頭に浮かぶその場所がこの姿であること。モネの人生と、作品達と、それを全て含めて、この作品は傑作であること。

私は、絵のことについてヨーロッパに初めて降り立った2019年まではほとんど知識を持たなかったし、それほど興味を持たなかった。けれど、この2年半で、本物の作品、それを掲げる美術館、本、歴史、舞台となった場所、いろいろな角度から芸術に触れ、絵を見て、高揚し、心が穏やかになり、涙ぐみ、一日中考えてしまうほど心が動かされる、そんなふうになるなんて考えてもみなかったし、けれどそんな感情を持てることは、とても幸せに思える。

今回マルモッタンで見た作品は、今まで見た中でも心を動かされたもので、自分の美術遍歴を振り返って考える機会をもたらしてくれた、特別な作品になった。残念ながら、LV財団の展示に貸し出されているものも複数あって見ることができなかったので、またリベンジに戻ってきたい。



パリから戻ってきて数日になるのだけど、あと3時間後には空港に行って、初のアフリカ大陸、モロッコに行ってきます。それでは。

読んでくださって、ありがとうございます。 いただいたサポートで、朝にお気に入りのカフェでコーヒーをいただいて、少し本を読んで、それから新しいnoteを書こうと思います。