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38歳 バタコさん

バタコさん(仮名)は泣いていた。

バタコさんは5月に来たでっかい波に打ちのめされながら、過去のトラウマを真後ろに引きずりながら、ついでに人と人の飛び火のようなものを全部受けながら5月を生きてた。

バタコさんからどんどん出てくる話は、同じ人間が1ヶ月の間に乗り越えれる壁の厚さと高さをゆうに超えていた。

話を終えた後に泣いていたのは私の方だった。

怒りと悲しさを右と左に同じくらい含んだ瞳で、当事者である自分と向き合うような口調で話した後、自分を落ち着かせるために水を注いで飲んだ。

水でノドの詰まりが全部流れてしまったのか、つっかえが取れたバタコさんはさらに口を開いた。みるみる悲しさが増していく瞳には涙の溜まり場ができて、すぐに溢れて、両手で隠された。

「泣いちゃだめやね」

と涙を拭いたタウパーにはアイシャドーのピンクが残っていて、自分から出た言葉にさらに泣いてしまうバタコさんはカウンターの後ろにしゃがんでまた泣いた。

出会って10ヶ月。22の社会を知らない若者が38の社会を知りすぎたバタコさんの背中を泣きながらさすった。

正直、躊躇した。でも、かける言葉よりも添える手の方が早く出た。ハンカチは持ち合わせていなかった。

はちみつ屋さんでバイトを始めて10ヶ月。一緒に働くパートさんとの出会いが私にとってアルバイト経験以上のものになっている。

バタコさんとの思い出は働き始めた7月からわりと深い。出会ってすぐの頃、資材を買い出しに数店舗お店を回っている時の道中、私たちは「日が浅く、15以上歳の離れた関係」とは思えない雰囲気だったと思う。でも、お互いがお互いの距離感だったからこそ打ち明けられた。バタコさんはもうずっと、友だちな気がしてならない。

そんなバタコさんに代わって私ができることはない。

バタコさんは自分のキャパを超えてまで自分が犠牲になる。バタコさんは人と人を繋ぎ、人と人に痛く挟まれやすい。バタコさんが慕われ、頼りにされすぎるのと同じくらい慕い、頼れる人がバタコさんには必要だと思う。過去のトラウマを払拭してくれる誰かよりも、一緒に引っ張って、1/2でも1/3でもいいから、軽くしてくれる人が必要だと思う。私で良ければ、そんな役を買って出たいと思う。

でも私の方が、バタコさんに支えられているから役立たずだと思う。

私の毎日に、誰かに話したいと思えることは喜怒哀楽...さまざまなジャンルで沢山起こる。そんな時にバイトに行くと、パートさんたちは必ずいるわけで、話さずにはいられない。

私「お喋りでよかったって思います」

数週間前の話。私の心からの声をバタコさんは「うんうん、喋ることはいいよね」と優しい相槌で易しく受け入れてくれた。だから昨日、バタコさんと話せて良かった。喋ることはいいことだとバタコさんも知ってるから。

人の涙はいつも私の分岐点だ。大学時代の友が流した2度の涙も、私の分岐点だった。あの人とあの人の涙もそうだ。

バタコさんは短時間でとりあえずの涙だけを出し切って、言った。

「バタコ アイ(仮名)38歳。フゥ〜」

バタコさんの言葉とバタコさんの深呼吸らしくて、ホッとした。

ちなみに、もう1人の城山観光ホテルさん(仮名)とは、子育てから占い、心霊、円安から世界情勢、政治まで、LINEニュースでも見漁ったんか?っていうくらいの浅い情報で、深く議論し合う。もとい、「お喋りに花を咲かせる。」

そんな城山ホテルさん(略)は息子さんがUFOやら未確認生物みたいなものが好きでYouTubeをよく一緒に見るという。そんな話の流れの途中、超真面目な顔で

※思わずメモに残す

と言ってた。真面目にハチャメチャすぎてすごく好きだった。

あ〜。ここでアルバイトしていて良かった。

と思う瞬間がありすぎる、そんなはちみつ屋さんバイト。


 

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