見出し画像

母の日に、母からの愛情を思い知らされた話

母が、電話の向こうで泣いている。

私の知っている限り、母は人前で涙を流す人ではない。
それは、たとえ子どもの前でも。
姉や私の結婚式以外で、母が涙を流す様子を、私は見たことがない。

そんな母が今、電話の向こうで泣いている。


数日前。
母の手元には、手配した花屋の都合で母の日当日よりも早く、私たち夫婦が贈った花が届いた。

そのお礼として、母が電話をしてきたのだった。

毎年母の日に、花を贈ることはもはや通例となっている。
花が届くと、必ず母は電話をくれる。
そして、お互いの近況報告をする。
話す時間はあっという間に30分を超える。

そうやって毎年、母の日を過ごしてきた。

しかし、今年は様子が違う。

電話の向こうで涙を流す母に、何があったのか。

いつもと違った様子の母に戸惑う私。

「どうしたの?何があったの?」

当然、聞かずにはいられなかった。

しかし、母は泣くばかりでなかなか話そうとしない。
心配になった私は、もう一度聞いた。

「母さん、どうしたの」

すると母は、嗚咽を続けながらやっとしゃべった。

「嬉しかったの。花が」

正直私は驚いた。
だって、毎年花を贈っていて、毎年「お花ありがとう。ところであんたたちは元気にしてるの?」とおしゃべりが始まるのが、お決まりのようになっていたからだ。

ところが、今年は様子が違う。
人前で泣かない母が、花が嬉しくて泣くなんて、やっぱりどうかしている。

「いつも花、贈ってるじゃん。いつもの年と何か違うの?」

私はだんだん心配になってきた。

知らないうちに重病になっていて、それを告白しようとしているのか。
それとも、何かの詐欺に騙されて、苦境に陥っているのか。
めったにやらかさない父が、何かやらかしたのか。
泣かない母を泣かせるほどの心労って、何なのか。

何を言われるか分からず、怖かった。
いつもと違う母の様子からして、最悪の状況も想定せずにいられなかった。
しかし、それでも母の言葉を待った。

すると、母が重い口を開いた。

「あんたが、ちゃんと私のことを気にかけてくれてるからだよ」

…拍子抜けした。
そんなことで泣く?
涙もろい私と違って、普段めったに泣かないあなたが、本当に?
何か隠しているんじゃない?

私にとっては意外な理由だったので、納得がいかない。
もはや、母が重大な秘密を隠していると思ってしまった私は、会話を続ける。

「そんなの、当たり前だよ。だって、母さんだもの。それより急に泣き出すから、逆に心配してるよ。何か困っているの?」

すると母は、またもや泣きながら口を開いた。

「気にかけてくれたからだけじゃないよ。あんたが、思ったよりも元気そうだったから」

そういわれても納得できない。

「そんなことで母さんが泣く?母さんらしくなくて、びっくりしてるよ」

思わずそんな言葉が出てしまった。
しかし、母は続けた。

「そりゃそうだよ。あんたの病気が心配なんだから」

母にそう言われた瞬間、私はある日のことを思い出した。
それは、うつ病で休職することになったことを伝えるために、両親に会いに行った日の事だった。


9月になったばかりでまだまだ残暑が厳しかったころ。
うつの治療をしながら働き続けた私には、限界が来ていた。
思うように働けなくなった私に、主治医は強制的にでも休職しなければならないと、診断書を持たせた。

本当ならすぐに、職場や夫に連絡を取らなければならなかった。
しかし、病院を出た私は、なぜか両親に会いたくなった。

両親に連絡し、すぐに実家へ向かった。

実家に入るなり、主治医から休職の診断が出たことを両親に伝えた。

話しているうちに涙が止まらなくなった私を、気がついたら母が抱きかかえていた。
母は、自分より背が大きな娘の背中を、「だいじょうぶ」と言いながら、小さな子をあやすように、トントンとし続けた。

夫にも言えなかった胸の内を、全部両親に打ち明けて落ち着いた私は、子どもが帰ってくる時間に合わせて、家に帰った。

その日以来、両親は、私が病気の話題を持ち出さない限り、自分たちから病状を聞くことはなかった。


私の感覚では、病状のことを両親にも報告していたつもりだった。
病状が改善して、主治医からリワークを打診されたことも伝えてあった。
なので、まさか電話で母親に泣かれるなんて、思ってもいなかった。

母の涙にうろたえてしまった私。
気がついたら、つられて私も泣いていた。

「心配かけてごめんね」

それを言うのがやっとだった。

しかし、母が続けた。

「何年たっても子どもは子ども。案ずることぐらいしかできないんだから、心配ぐらいさせてよ」

そして、また泣き出してしまった。


私は親に、迷惑や心配をかけたくないと思っていた。
病気になったときも、一体いつまで親に心配をかけさせるつもりなのだと、自身を責めるほどだった。

しかし母は、私に対して心配ぐらいはさせてほしいと言ってくれた。

想像以上に、母の愛情は大きくて深いものだと思い知らされた。


「私はまだまだ、母さんにはかなわないや」
「そりゃそうよ。私のほうが母親歴長いんだから」

私たちは泣きながら笑い合った。
そして、やっといつものように近況報告をして、電話を切った。


本来、母の日は、子どもが母親に感謝を伝える日なのに、今回ばかりは母親の愛情を思い知らされた日になってしまった。

今日は、本当の母の日。

決めた。

少しの時間だけでも、実家に顔を出そう。
そして、面と向かって母に感謝を伝えよう。

















長くなりましたが、ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。

#66日ライラン  参加55日目です。

この記事が参加している募集

最近の学び

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?