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社長の背中 〜社長秘書の帰り道〜

今日は疲れた。

難易度高い会見の仕切りをさせられた挙句、なんのはなしかわからない結果になって、取材対応が大変だった。
まさか、社長とコニシ課長が振ったサイコロの目がずっと同じになるなんて、誰が予想しただろうか。結局勝負はつかず、業務提携解消は見送りになった。

先輩秘書にも「仕切りが悪い」って注意されたし、今日はあんまり良くない日だ。
遅くなっちゃったけど、今日はまっすぐ家に帰って、ビールで1杯やるか。

そんなことを考えながら、ワールドブルーの最寄り駅の入り口まで来た時だった。

クラクションの音がした。

音のした方を振り向くと、バイクの男性が手を振っている。

誰だろう?

立ち止まったまま見ていたら、その男性はヘルメットを取った。

蒼社長だ。

驚いた私は、周囲の目を気にしつつも駆け寄った。

「お疲れ様です」
「今日はごめんね。大変な会見だったね」

(まあ、あなたが大変にした面もあるけどね。)

私の心が囁いたが、表情に出さないよう努めた。

「大変でしたね。サイコロの目があんなにずっと揃うの、初めて見ました」

すると、申し訳なさそうな顔をした社長が話を切り出した。

「お詫びと言ってはなんだけど、ちょっと今から一緒に出かけない?」

(出た!得意の無茶振り)

お詫びと言いながらも、無邪気にニコニコ笑う社長。

「出かけるって、どこですか?」
「おすすめの場所があるから、そこに行こう。乗せてくから大丈夫」

(ちょっと待って。二人乗りってこと?バイク乗ったことないから、怖い)

私が不安がっていることを見抜いたのか、社長が続ける。

「ちゃんと家まで送るから。大丈夫だよ」

確かに社長が大丈夫という時は、今までも大丈夫だった。
怖いけど、バイクの後ろって憧れだったな。

でも、まるさんにこの前、節度を持った行動をしてって言われたばかりだから、ここで誘いに乗っていいものか。

悩んでいると、社長がヘルメットを渡してくれた。

結局、好奇心に負けて、社長と夜のツーリングに出かけることになった。

私を後ろに乗せた社長は、慣れた様子でバイクを走らせる。
スピードに驚いた私は、怖くて目を瞑っていた。

「ちゃんと安全運転してるから大丈夫だよ。目瞑ってるでしょ。開けてごらん」

恐る恐る目を開けると、色とりどりの光が目に飛び込んできた。

車の中からしか見たことのない景色の中、夜風を浴びながら走る。

感じたことのない爽快感。

久々に心から楽しめた。

バイクは、小高い丘のような場所を登って止まった。

「ここの景色が気に入ってるんだ」

バイクから降りて見てみると、そこにはキラキラと輝く美しい夜景が広がっていた。

「わぁ!キレイ…ステキですね」

「ここは、仕事で疲れた時や行き詰まった時に、いつも来る場所だ。昼間の晴れている時の見晴らしもいいし、夜はこんな感じで夜景が素晴らしい。見てると心が晴れてくる気がする」

「なるほど、ステキな場所ですね」

「でしょう。ここ、とっておきの場所だからね」

社長はさらに続けた。

「ほら、今日の会見、大変だったでしょう。ゆにさん、片付けの時の顔が、相当疲れている様子だったから、放って置けなかったんだ」

あちゃ、顔に出てたか。
秘書はいつも常に冷静にって、先輩から言われてるのに、顔に疲れが出るなんて。しまったな。

「ありがとうございます。気にかけてくださって」

社長に気を遣わせる秘書なんて、本当はいけないかもしれないけど、今はその気持ちに甘えたくなった。

「どう?少しは気が晴れた?」

「はい。おかげさまで元気になりました。ところで社長、ひとつ伺ってもよろしいですか?」

「いいよ。何だろう?」

「どうして私を、秘書課に配属したのですか?」

ずっと気になっていたことを、思い切って聞いた。
すると社長は、少し困ったような顔になった。

「あ、申し訳ありません。人事のことを伺うなんてどうかしてますね。失礼しました」

しまったと思った私は、慌てて謝った。

しかし、社長は少し考えてから話し始めた。

「ゆにさんを秘書課に配属したのは、近くで働けたら楽しいだろうと思ったからだよ」

た、楽しい?なぜ?
疑問で頭がいっぱいになった私を見ながら、社長は続けた。

「ゆにさんが来る前の秘書課は殺伐としてて、秘書なのに声を掛けづらかった。そんな時、あの飲み会で『社長のいいところを10個いう』っていうゲームがあったでしょ。その時、君がスラスラと言ってくれた。人のいいところを見つけられるゆにさんと、仕事したいと思ったんだ」

「そ、そうでしたか」

「毎日一生懸命やってくれて、ありがとうね」

知らなかった。
社長の悪い癖で、この人事異動も無茶振りだと思っていた。
一緒に働きたいと思ってくれてたとは。

「いえ、とんでもないです。私、秘書に向いてないんじゃないかと思うことがあって」

気づいたら社長相手に、胸の内を話し始めていた。

「仕事は嫌いではないです。ただ、いつも先輩に注意されてばかりだし、今日も会見中に古舘伊知郎の真似しちゃうし、どうしても向いてないと思うことが多くて。スマートに仕事するのが理想ですが、程遠いです」

すると、社長がポツリと言った。

「秘書の仕事を始めたばかりだからね。まだ向いてるかどうかはわからない」

さらに続けた。

「でも、ゆにさんが秘書課に来てから、少なくとも私は助かっている。社長の仕事はいつも厳しい。いつ蹴落とされるかわからない。そんな中で、人の長所を見出せる君のような人材がいると、気持ちがリラックスするんだ。君のことを秘書課に配属して良かったと思っている。それではダメかな?」

そう言いながら、無邪気な顔でこちらを見てくる。

その顔で見られたら、ダメとは言えない。
社長の笑顔は、人たらしだ。

つい、つられて笑顔になった。

「ありがとうございます。そんなふうに考えてくださってたとは、知り、あ、存じ上げませんでした」

「いいよ、職場じゃないからフランクに話してくれて」

「自分のダメなところばかり目についちゃって…自信をなくしていました。ありがとうございます。もう少し、頑張ってみようと思います」

気がついたら、私の心は晴れていた。
心のモヤモヤが、どこかへ飛んでいったようだ。

「そろそろ冷えてきたから、帰ろうか」

私たちは、帰路についた。

来る時とは違い、目の前の社長の背中が、頼もしく感じられた。

<あとがき>
いや、だから、そういうところが脇が甘いんだぞ。2人とも。

今日も読みにきてくださり、ありがとうございます。
パソコンを子供に取られ、この長い記事を必死にスマホで作成したゆにです。
ホント疲れる。

長い話になってしまいましたが、お付き合いいただき嬉しいです。
書きたい様に書いたら、こんな話になりました。
今後、どういう話になるかは分かりません。
続きを思いついたら、また書きます。
お付き合いいただければ、ありがたいです。

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#蒼広樹
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参考記事

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