花束みたいな恋をした

2回目の「花束みたいな恋をした」をみた。
本も読んだけど、すきな映画の一つだなって思った。

人は変わっていく。
変わっていく人を受け入れられるか、受容できるか。
それが人と一緒にいれるポイントだよね。

時間が経てば、環境も立場も変わっていく。
時間が経てば、感受性も変わっていくし、変わらないってないと思う。
変わらないことも変わっていることだとも思う。

いい思い出だけにはならない。
「あのときは幸せだったから、きっとあのときに同じように幸せに戻る。」
そんなことってないと思う。
戻ることはないけど、受け入れることができればいいよね。
それって時間しか解決しない。

今回の2人でもそう。
結果として、家族になって年をとったら
「大変なときもあったけど、いまがあって良かったね。」ってなるかもしれない。
でも、それって結果論であって、いまを生きていない気がする。
いまを幸せに過ごせるか。
大変だけど、前向きではなくても、進んでなくても速歩きで後ろにむかっていなければ。
どちらかが、後ろ向き進んでいたら、引き止められるもうひとりがいたら。
変わっていく気がする。
寄り添えるか、それが大事だよね。

我慢ではなく、受けれられるか、許せるかどうか。

許せる相手かどうか。甘えと紙一重なのかもしれないけど、
甘えでも、許せるかどうか。それが大事な気がする。

理想ばかり求めるのではなく、受け入れられる相手。

前のわたしは求めてばっかりだった。
求めて、求めて、求めて、埋められなくて手放した。
彼自身を受け入れることができなかった。
わたしにも問題があったから、仕方ない結果だと思う。
でも、幸せ時間も間違いなくあって。
そんな時間があるから、たまに振り返ることもある。
振り返って、前に進めなくなることがないように。

もう一度、前に進みたいなって最近は想っている。
貪欲になっているわけではない。
前は絶対に無理って、もうありえない。って想ってた。
いまは、暖かみもう一枚あったらいいなって。
羽毛布団ぷらす、タオルケットほしいなって感じ。

なくてもいいけど、あったら嬉しい。
そんな存在。
毛布、タオルケットみたない存在がほしい。笑

羽毛布団があるから、大丈夫だけど、あったら尚いいよねって。
そんな存在。

それくらい。いいポジションに入ってくれる。そんな存在。

気持ちが変わっていっている。
よく生きたいから。もっとよく過ごしたいから。

もうすこし頑張れるよ、自分。って想っている。

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