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#10分で読める小説「PM11:48」

エピソード1:  PM11:48、感情

PM11:48。隆は、冷たい夜風の中で公園のベンチに座っていた。彼の目の前には彼女の家が見えていた。大学時代から付き合っていた恵美を忘れられず、ここまで来てしまった。スマホの時計を見つめながら、隆は深い溜息をついた。

「まだ、会って話せるだろうか。」隆は自問自答しながら、重い足取りで立ち上がった。恵美の家の前まで歩き、インターホンを押すと、数秒後にドアが開いた。恵美が驚いた表情で立っていた。「隆?こんな時間にどうしたの?」

「ごめん、どうしても話したいことがあって。」隆は切実な声で言った。恵美は一瞬戸惑ったが、静かに頷いて公園のベンチへと戻った。「何を話したいの?」彼女の声は冷たく、隆の胸に鋭く刺さった。

「もう一度、やり直せないかな。」隆の言葉に、恵美は目を伏せた。「もう無理だよ。お互いに違う道を歩んでいるんだ。」彼女の言葉は決定的だった。隆は何も言えず、ただ静かに彼女の言葉を受け止めるしかなかった。

「さよなら、隆。お互い幸せになろうね。」恵美は立ち上がり、家に戻っていった。隆は一人、公園のベンチに座り続けた。心の中で何かが壊れる音がした。やがて、時計が縦に揃った。


エピソード2: PM11:48、夢破れ

PM11:48。田中一郎は、チェーン店のコーヒーショップでホットコーヒーを飲んでいた。店内は静かで、数人の客がいるだけだった。今日が東京での最後の夜になるとは、一郎自身も信じられない思いだった。

「もう終わりか。」一郎は呟きながら、コーヒーを一口飲んだ。お笑い芸人としての夢を追い続けたが、成功には程遠く、生活も厳しかった。もうこれ以上、東京で続ける意味はないと感じていた。

店員がやってきて、会計を済ませる時が来た。「ありがとうございました。」店員の乾いた声が一郎の耳に響いた。レシートと共に渡された次回の割引チケットを見ながら、一郎は心の中で苦笑した。「もう二度と来ないのに。」

コーヒーを飲み干し、席を立つと、一郎は静かに店を後にした。新しい生活が始まる故郷に向けて、彼は歩き出した。心にはまだ未練が残っていたが、それでも新たな一歩を踏み出さなければならなかった。

店の外に出た一郎は、ふと立ち止まり時計を見上げた。やがて、時計が縦に揃った。


エピソード3: PM11:48、満ちる

PM11:48。佐藤美奈子は、自宅のリビングでソファに座りながら家族の写真を見ていた。穏やかな笑顔が浮かび、彼女の人生は幸せで満ちていた。夫と子供たちとの日々が、彼女にとってかけがえのない宝物だった。

「今日もいい一日だったね。」夫の健一が隣に座り、優しく声をかけた。美奈子は微笑み、家族と過ごす時間がどれだけ貴重かを改めて感じた。子供たちは寝静まり、家には静かな幸福感が漂っていた。

美奈子は、過去の困難や試練を乗り越えてきたことを思い出した。若い頃は大変なことも多かったが、その全てが今の幸せに繋がっていると感じていた。「ありがとう、健一。」美奈子は静かに感謝の言葉を口にした。

健一は美奈子の手を握り、二人は静かに夜を見つめた。家族と共に過ごす幸せな時間が、これからも続くことを願いながら。そして、時計が縦に揃った。



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