#10分で読める小説「おばあちゃん家で使っていた僕のコップ」



小学生の頃、夏休みのたびに訪れたおばあちゃん家は、僕にとって特別な場所だった。田舎の静かな村にあるその家は、都会の喧騒から逃れて心を落ち着ける場所でもあった。

家に着くと、いつもおばあちゃんはにこやかに迎えてくれた。「ようこそ、ようこそ」と言いながら、玄関で僕の頭を優しく撫でてくれる。その手の温もりが、今でもはっきりと覚えている。

おばあちゃん家の台所には、古びた食器棚があった。その中には、一つだけ特別なコップがあった。薄いブルーのガラスでできていて、細かい花模様が彫られていた。そのコップは、僕が小さな頃からずっと使っていたもので、おばあちゃんが特別に用意してくれたものだ。

「これは、お前が来るたびに使うコップなんだよ」と、おばあちゃんは微笑んで言った。「このコップを使うと、お前も元気になるんだよ」

僕はその言葉を信じて、毎回そのコップでジュースを飲んだ。ジュースを注ぐと、ガラスの花模様がきらきらと輝いて見えた。おばあちゃんはいつも、冷蔵庫から冷たいジュースを取り出して注いでくれた。そのジュースの味は、今でも忘れられない。

時が経ち、僕は大人になり、仕事に追われる日々を過ごしていた。おばあちゃん家に行く機会も減ってしまった。それでも、たまに訪れると、おばあちゃんは変わらずに迎えてくれた。台所の食器棚には、あのコップがまだちゃんと置かれていた。

ある年の夏、おばあちゃんが亡くなったという知らせが届いた。心の中にぽっかりと穴が開いたような感覚だった。急いで田舎に向かい、おばあちゃんの家に着いた時、家の中は静まり返っていた。おばあちゃんの温もりがまだ残っているような気がした。

台所に行くと、あの食器棚が目に入った。僕は思わずその前に立ち、扉を開けた。そこには、変わらずにあのブルーのコップがあった。手に取ると、冷たくて、でもどこか温かい感じがした。

おばあちゃんの葬儀が終わり、家を整理することになった。おばあちゃんの思い出が詰まった家を片付けるのは辛かったが、少しずつ進めていった。台所の片付けに取り掛かると、またあのコップが目に入った。僕はそれを手に取り、しばらく眺めていた。

その時、ふと、おばあちゃんの言葉が思い出された。「このコップを使うと、お前も元気になるんだよ」その言葉の意味が、今になってようやく分かった気がした。

僕はコップを持ち帰ることにした。都会の喧騒の中で、ふと疲れた時、そのコップを使ってジュースを飲むと、おばあちゃんの温もりが心に広がった。花模様がきらきらと輝くそのコップは、僕にとっておばあちゃんの愛情そのものだった。

ある日、仕事で大きな失敗をして落ち込んでいた時、そのコップを手に取り、冷たいジュースを注いだ。花模様が輝くその様子を見ていると、不思議と心が落ち着いてきた。おばあちゃんが「元気になるんだよ」と言っていた意味が、さらに深く心に響いた。

おばあちゃんが僕に残してくれたものは、そのコップだけではなかった。彼女の愛情や思いやり、温もりが詰まった思い出が、僕を支えてくれていると感じた。おばあちゃんがいない寂しさは消えないけれど、彼女の愛はいつも僕の心の中にある。

それ以来、僕はそのコップを大切に使い続けている。おばあちゃんが教えてくれた愛の形を忘れないように。そして、いつか僕も、自分の子供や孫に、そのコップを通じておばあちゃんの愛を伝えていきたいと心に誓った。

コップに注がれるジュースの冷たさと共に、僕の心にはおばあちゃんの温かさが流れ続けている。それが、僕にとってのかけがえのない宝物だ。



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