見出し画像

【芸術・前編】アートは感性と論理の両輪で成り立っている

今回は、イノーバのAI勉強会にも参加いただいている”絵が描ける感動と脳の活性化による新たな知覚と気づきが得られる講座”ART&LOGIC”を主宰されている、アート・アンド・ロジック株式会社代表の増村岳史氏にゲストとして”ART & LOGICを知るための50の秘密”から記事を寄稿いただいた。

テクノロジーとアート、そして仕事とアートとの意外な関連性などを2回に分けてお送りします。

東京藝術大学の現役合格者は数学が得意だった。

難関・東京藝術大学の受験。現役でパスするような学生に共通しているのは、絵の才能だけではなく、中高生時代に理数系が得意だったということ。アーティストと言うと、感覚的な人ばかりかと思いきや、彼らは論理的でもあるのだ。 物事を論理的にとらえる力・・・それは構図を正確にとらえて描くために大切な力。例えば、顔を描く時には、正三角形が顔の中にあるというイメージで描くと上手く描きやすい。

ダヴィンチは「モナリザ」を黄金比を元に描いている!?という有名な話があるが、ピカソのキュビズムも、実は数学的に描いているという説がある。スクエアに割っていくピカソのタッチ・・・幾何学・図形的な感覚を持っていないと、こうは描けないのではないだろうか。

絵を描くことと、数学的に考えることは、相反することのように思われがちだが、実は、絵を上手く描くためには、数学的思考も大切なのだ。

逆に、理系の研究者には、絵を描く趣味を持つ人も多い。例えば、外科医は手術前に患部のデッサンを描いたりすることも多いが、天才的な神の手を持つと言われる、ある外科医の手術用のデッサンは一流のアートのように美しいらしい。また、経営の神様、ピーター・ドラッガーが水墨画・日本画など日本古美術の大コレクターだったことは良く知られている。

人生をアートに生きるために必要なのは、どうやら、右脳と左脳のバランスのようなのだ。

ゴッホ、岡本太郎は決して感覚のみで絵を描いていない。

絵の具をキャンバスにお置いて行くように描いていたゴッホ

炎の画家、画聖と呼ばれた天才ゴッホ。

ゴッホと言うと、超のついた感覚で描いている画家のようなイメージがあるが、彼の絵をよく見ると、筆で描いているというよりはコンピュータグラフィックスのように、絵の具をキャンパスに緻密に乗せるように置きながら、全体を構成していることがわかるだろう。

色を置いていたということは、ゴッホは、決して感覚ではなく、緻密に計算しながら、客観的に絵筆に絵の具を乗せ、全体のバランスを見ながら描いていたのは明らかだ。

 綿密なプロトタイプをもとに描いていた岡本太郎

芸術は爆発だ!」をはじめ数々の名言(迷言?)を残した芸術家のみに終わらずに昭和の偉大なカルチャーヒーローでもあった岡本太郎。

イメージから察するに、とてつもない大きな真っ白なキャンバスに思うがままに自由に、そして感覚のみで描いているように感じられるであろう。

しかし実は彼は決して感覚のみでは描いていなかった。むしろとても綿密に計算をし尽くして一つ一つの作品を描き挙げていたのだ。

その証拠に作品を描く前に、実際の作品を1/10、1/20に縮小した綿密なエスキース(プロトタイプ・下絵)を制作している。このエスキース、線はもとより色までもがほぼ本作品と同じなのである。

そして実際のキャンバスに絵を描く際は常にエスキースを横に置いて、自身で拡大をして実際のキャンバスに筆をトレースするように

走らせて描いていったのだ。

このエピソードを読んで岡本太郎に対する印象が相当変わったのではなかろうか?

もちろん絵を描く明確なルールは存在などしない。感性一発で描き上げていく画家も存在するし実際にこのような画家も何人か知っている。

しかしながら巨匠と言われいる画家の多くは絵を描くにあたってコンセプトを練り上げていき、コンセプトに基づいた取材を綿密にしプロトタイピング何回も行い実際の作品を練り上げていくのだ。

これは事業企画やプロダクト開発ととても似ているのではなかろうか?

 ピカソの抽象画が決して見ていて心地悪くないわけ

ピカソが亡くなって裕に40年以上が経つがその斬新さユニークさは今もって人々を魅了して止まない。

一見すると支離滅裂に見える絵であるが、ピカソの抽象画を見て目が回ったり、船酔いしたような気分にはならないはずだ。

それは何故であろうか?

正解はズバリ、彼が人体や骨の構造をきちんと知っているからである。ヒトの認知・認識能力は我々が思っているよりも非常に優れており、日常に見ているものとバランスや構成がずれているものを見ると脳が拒否反応を示し心地悪く感じるのだ。

ピカソのすごいところは人体や骨の構造をきっちりと学習、理解した上でデフォルメをしているのだ。

一見すると支離滅裂な絵なのに、見ているものにとって不快感を与えないのはこのためだ。

余談であるが、ピカソは幼少の頃から正確無比なデッサンしか描けず、何を描いても上手く描けてしまうところが彼のコンプレックスであったようだ。天才ゆえの悩みであろう。

守破離はアートにも通ずる

茶道や武道の世界で有名な言葉に「守破離」がある。

まずは“型”を守って基礎を固める。そしてその“型”を元にして創意工夫をし、自分自身のオリジナルな“型”を作る。

最終的には自身が作り出した“型”から“離れて”自由になり解放され自在になることができる。

この「守破離」という概念、まさに創作活動に通じるのではなかろうか?ピカソも岡本太郎の作品も一見、無秩序と思われる(見られる)が表面上には現れない「守」が根底にあるからこそ既存の価値観を破り新たな価値観が作れるのだ。

もしやすると巨匠が作品を作り出す発想やエネルギーは起業家のそれととても似ているかもしれない。

最後に岡本太郎の言葉を紹介しよう。

”何ごとも衝動から始まる、そして計算が後から追っかけてきて手伝ってくれるのだ。”

まさに感性と論理。


増村 岳史(ますむら たけし)
学習院大学 経済学部卒業。
1989年にリクルート入社、マーケティングセクション、営業を経てエンタテイメント子会社メディアファクトリー(当時)に出向し映画、音楽、出版事業に携わる。その後音楽業界に転職した後、インデックス(当時)にて放送と通信のコンテンツビジネスに携わる。
2015年に東京藝大の博士課程在籍者およびOBの画家達と脳力開発プログラム、アート・アンド・ロジックを開発、完成させる。
2016年4月にアート・アンド・ロジック株式会社を設立、代表取締役に就任。
http://artandlogicseminar.com


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?