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【掌編小説】年収5円

12月31日。大晦日。深夜。
もうすぐ日付が変わる。つまり新年を迎えようとしている。
テレビでは紅白が終わり、どこかの寺の風景が映し出されている。
それまでビールを飲んでうとうとしながら画面を眺めていたおれは、ふと、我に返った。
強烈にいやな気分が胸にわきおこった。
今年、つまり、あと数十分で終わろうとしているこの一年、
なんとおれの年収は0円だった。
つまり一円も稼いでいないない。
昨年暮れ、いやでたまらなかった仕事をやめ、
貯金を取り崩してだらだら生活しているうちに、いつの間にか一年が過ぎていたのだ。
おれはことし三十五歳になった。
三十五歳の男が、年収「0円」
世界中に年収「0円」の三十五歳の男は一体何人いるだろう?
おれは叫びだしたいほどの焦りと劣等感を感じ、やもたてもたまらず目の前のパソコンを開いた。
数か月前に、在宅ライターの仕事をしようとして登録だけしてそのまま忘れてしまっていたことを思い出したのだ。
年収「0円」だけは何としても避けたかった。
ライティング案件のサイトを開く。
タスクの案件をかたっぱしから見て行く。できそうなものを探す。
時計は11時48分だった。
「出会い系体験談」「女性限定」
おれにはむりなものばかりだ。
必死で画面をスクロールする。
あった!
「好きな動物の動画を教えて下さい」
最近おれは子猫の動画を見るのにハマっていて一日見ていたことがある。
適当な動画を探してURLを貼るだけで完了のタスクだ。すぐに終わった。
時計を見る。11時59分。
なんとか間にあった! 年収「0円」の屈辱は免れたのだ!
タスクの詳細の報酬額を確認する。
「5円」
テレビから急に歓声が聞こえてくる。画面に大きく「HAPPY NEW YEAR」の表示。
年が明けたのだ。
今年こそ、絶対に飛躍の年にしよう。
前年の年収を越えるのだ!
おれには絶対的な自信があった。
なんせ去年の年収は「5円」なのだから。
おれは、前祝いのために台所にビールを取りに行った。

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