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悩める理系高校生よ、「理学部」を選ぶのはまだ早い

理科が好きな高校生が、学部を選ぶ時にまっさきに思いつくのは「理学部」ではないだろうか。

理学部はその名の通り、理科系の学問を勉強できる場所だ。しかし、ちょっと待ってほしい。もし、あなたがそのまさに「行きたい学部を選んでいる高校生」ならば、知っておいてほしい。

実は理学部で学べる内容の多くは、工学部でも薬学部でも医学部でも農学部でも学ぶことができるという事実を。

理学とは「理(ことわり)の学問」。
高校生のあなたが、物理や化学や生物や地学を勉強してきた内容の通り、世界は普遍的な法則で満ちている。世界中のどこにいても、塩酸と水酸化ナトリウムを混ぜれば食塩が生まれるし、落下にかかる重力加速度は9.8(m/s^2)になる。

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理学とはあらゆる自然科学の基礎だ。

だから理学部で習う世の中の理は、あらゆる学部の授業で学ぶことになる。なぜなら、どんな自然科学の学問も物理の法則や、微分方程式や、生命共通のメカニズムの上に成り立っているからだ。遺伝現象を理解していない医者が癌について語ることはできないし、物性を理解していない人がリニアモーターカーを作れるはずがない。


■ あなたが見つけたいものは、

それでは、授業の内容にはさして違いがない(カリキュラムに応用的な部分の影響はある)のなら、何を基準に選べばいいのか。

学部を選ぶときに注目すべき点は、その環境でできる研究だ。あなたがこれから入学する理系の学部ではおそらく1年から1年半程度の卒業研究の期間が設けられている。研究期間に、あなたが何を期待するか。それが理系の学部を選ぶときの決め手になる。

あなたは、ほんとうに「理学部」で研究をしたいと思うだろうか?

例えば、数学が得意で、強みを活かして工業的なイノベーションを起こしたいと考えた時、たとえば革新的な通信システムを開発したいという目標があるならば、あなたは理学部を選ぶべきではない。

幼いころから病気に悩まされ、同じ苦しみを味わう人たちを救うためにサイエンスの研究成果を世の中に還元したいと考える。人の苦しみを和らげたいと考える意思は素晴らしい。しかし、あなたが輝ける場所は理学部ではない可能性が高い。

もしも、サイエンスの力を使って何かを解決したいという志があるのなら、理学部ではなく他の学部を探した方が目標達成に近づける。良いとか悪いとかいう話ではなく、目的から作り込まれた研究をするには、事実、理学部は不向きだ。

正解の道はないかもしれないけれど、より良い選択肢は必ずある。身につけた理科や数学の知識を、あなたの望む形で活かせる場所に進んでほしい。


■ 世界の解像度

あなたが、理学部でできるのは「世界の解像度」をあげる研究だ。

解像度とは、ものがどれくらいの精度で見えているのかの指標のこと。

例えば、イモムシは成長するにしたがって蛹になり、うつくしい羽をもつチョウが生まれる。しかし、どうやって蛹の中で「イモムシ」が綺麗な「チョウ」になるのかはわかっていない。

そんな謎を解いたとしても、きっとなんの役にも立たない。この「役に立つ」という言葉は「お金を生み出さない」という意味を多分に含んでいる。直近の課題を解決しない・お金を生み出さないという意味からすれば、役に立たない。あなたは、そんな研究が理学部でできる。

役に立たないかもしれない研究が成功して、もしチョウがどのように生まれてくるのかがわかったとすれば、世界はより鮮やかに見える。すくなくとも貴方の世界は必ず変わる。

春、花の上を舞っているモンシロチョウをみたとき、その一匹が歩んだ成長のようすに想いをはせることができる。さらに全く見えなかった原理の、世界をかたちづくる風景に気づく。もしかしたら、トンボやカブトムシでも共通の仕組みなのかも?ほかのチョウはどうなっているんだろう? 今までは考えもしなかったような疑問が次々に生まれる。

見えなかった事実や、新しい疑問が見えるようになる。

今までに見えなかった物事や、現象の裏に隠れた論理や仕組みを見つける。これが「世界の解像度をあげる」ということだ。

すぐに社会に役立つことはないだろう。しかしチョウのはばたきは、以前とは違う情報を持って眼に写り、あなたの研究論文をみた遠い未来の少年少女がもっと世界の解像度をあげる。それが結果的に人類の危機を救うのかもしれないし、救わないかもしれない。

「役に立たない」というフレーズには語弊がある。「役に立つ」かは10年後、100年後、1000年後までわからない。

はるか昔、夜空のむこうに想いをはせた人々の意思と知性が受けつがれた結果として、当然のように僕らは宇宙の存在を知っている。好奇心だけで始まった天体観測から、天気予報ができ、iPhoneで地図を見られるようにもなった。ぼくたちには、地球を出て宇宙に移住する未来さえ想像できる。

すぐに役に立たずとも知識は失われることなく、視界をひらいてゆく。あなたが磨いた科学のレンズが、未来の知性と世界を創る。

解き明かしたい!知りたい!面白い!という純粋な好奇心を、何らかの現象に向けられる人が、理学部のスタイルに合っている。言い換えれば、好奇心だけで研究に向かっていける環境。これが理学部の学生に与えられている豊かさだ。

あなたはそんな姿勢で、研究に取り組みたいだろうか?

あなたは、何をみると面白いと感じるのだろう?

何にやりがいを感じるだろう?


■ それでも理学部を選びたい貴方へ

今までの話を聞いて、それでも理学部に入ってみたいと思うのなら、最初に自分が面白いと思える研究を探してみてほしい。それも、時間の許す限り、できるだけ多く見つけて欲しい。

なぜなら、高校生のあなたの知らない研究はまさに無数にあるからだ。知識は多いほど良いわけでは無いけれど、「選ぶ」という観点では材料は多い方がいい。今の興味よりも気になることが世界にはあるかもしれない。

知的好奇心の矛先に合致する研究や現象をある程度知っておこう。自然科学の本を読んだり、大学が公開している研究などを見てみることを勧める。

日本語で研究報告書が手軽に読めるサイトは以下のリンクにある。他にも行きたい大学のHPなどを参照すると良い。

目指す大学の理学部を調べることに加えて、どんな研究室があるかは、チェックしておくべきだ。大学によって可能な研究は変わってくる。それに加えて、実際に研究を行う場所である研究室単位で、出来ることはかなり違う。例えば植物の研究室しかないところで、ライオンの研究はできない。ネズミを使う研究室でカブトムシの研究はできない。

本当にやりたいことができない可能性がある。そんな悲しい事態を防ぐために、自分の好奇心に近い場所を探そう。気になった教授にメールで質問したりして、研究室に入ったら具体的に何の研究をできるのか教えてもらったりすると良い。もしかしたら更に研究内容が近い教授を紹介してくれるかもしれない。

いろんなものを調べても方向性が見えない人もいるだろう。僕も高校生の時に明確にやりたい研究があるわけではなかった。

そんな人には東京大学や北海道大学のように、一年生のときには総合的な理系の学問を勉強でき、進級するタイミングで学部学科を選べる大学がある。ぼくは東大生でも北大生でもないので、詳しい部分はわからないが、ふわっとした入り口があることも選択肢のひとつに加えてほしい。大学生活は四年間もあるのだ。いますぐにやりたいことを確定させる必要はない。


理学を基礎とする自然科学は、あまりにも広く深い。もし人生が三回あっても、すべてを勉強したり研究することはできないだろう。

自然現象は人間の想像を、いともかんたん超えてゆく。ぼくたちは世界のことをまだ何も知らない。だからこそ、目の前の課題解決ではなく、知識のもっとも外側を少しずつ明らかにしていく「理学」という学問が存在しているのだと思う。

あなたが興味を持ったのは、どこまでも広く、深く、そしてとんでもなくおもしろい世界だ。ぜひ色んな研究をみて、自分の内側の声を聴き、フィールドに飛び出して、好奇心を注げるものを見つけてほしい。

あなたが納得できる進路選択ができること、そしてあなたの世界をめいっぱい豊かにできる研究に出会えることを祈っている。


あとがき

ぼくは2021年の三月で通っていた大学の理学部生物学科を卒業する。この記事は、自分の卒業エントリとして書いた。内容に関しては、高校生の時に感じていた漠然とした「理学部」のイメージと、実際に大学に入ってからのギャップを意識しながら書いたつもりだ。高校生の時には、自分自身、理学がどういう学問なのかはまったく理解していなかった。

おそらく今も昔も、情報のギャップは存在していて、右も左もわからない高校生が適切なサイトに辿り着き、自分が進むべき道筋をクリアにできるとは思えない。ましてや過酷な受験勉強に追われる中で、興味ややりたいことを見極めるのは非常に難しい。

インターネットに個人の目線で書かれた言葉を置いておくのは有益だと考え、このエントリを作成した。少しでも多くの高校生の方がより良い進路選択をできるように願っている。

もっと詳しい話を聞きたい高校生の方がいらっしゃったら、ツイッターのDMでメッセージを送ってくれれば、時間の許す限り、相談に応えたい。いつでも連絡ください。(自分は理学部生物学科なので、そのほかの学科の詳しい内容については応える術を持たないかもしれないが、ご了承いただきたい)


この記事は以下にリンクを貼っている『悩める高校生よ、「心理学部」を選ぶのはまだ早い』という記事に感銘を受け、作成しようと思い立った。構成も、この記事を参考にさせていただいた。インターネットにこんな記事が溢れればいいなと思う。面白い記事なので、皆さんにもぜひ読んでほしい。

また、この記事は理学部の出身で、先輩である方々にコメントをいただきながら作成しました。
teapotさん
みちこさん
ありがとうございました!


※補足1
大学選びの際に就職のことを考える方も多いと思うので追記しておく。理学部は就職が難しいと言われ「就職無理学部」などと揶揄される。(あくまで自分の観測範囲内の話ではあるが)そんなことはないと思う。むしろ高度な科学リテラシーと、専門知識のある理学部の人材は就職に強い。学部だけで就職に明確な優劣がでることはほとんどないと考えても差し支えないはずだ。
※補足2
「世界の解像度」という単語にピンとこない人のために、僕が大好きな記事を添付しておく。世界の解像度を上げる研究とは、「科学の眼鏡」を世の中に創り出すことだ。↓
※補足3
学生のうちが、成果を考えずにゆっくりと研究にうちこめる最後の機会なのかもしれない。アカデミアでも企業でも研究を職業としている方々は程度に差こそあれ、ポスト獲得や成果を出すことに追われる。"純粋に"世界の謎に挑めるのは、学生のうちなのだろう。


読んでくださってありがとうございます! 短歌読んでみてください