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ちちははの壊れし婚にしんしんと

思わず叫びたくなる。家族って、結婚って、何なのだろう。結婚や、子どもを持つか持たないかの選択に口出しをしてくる人がいる。わたしの場合、家族からそのような話を展開されるケースが最も多い。人生が結婚や生殖に回収されてしまうのは当然なんでしょうか。幸福だと信じてやまない善意が、暗い口を大きく開けている。

ロマンチック・ラブ・イデオロギー吹雪から猛吹雪になるところがきれい

『崖にて/北山あさひ』(現代短歌社)

北山あさひの作品には救われた。と、言っても良い。救われる、という言葉の軽薄さが拭えませんが、すみません、だけど、救われた気持ちになったのは本当なのだ。同じような薄暗い空気を吸った経験がある人だろう。連帯というのはどうしようもなく人を安心させてしまうものである。

ロマンチック・ラブ・イデオロギーとは、「素敵な恋愛をして、結婚をして、パートナーと子どもを育てるのが人生において正しい(幸福だ)とする価値観」。それらが結合したものと見なされる。上に掲出した短歌の、芯をつかんだ言葉の斡旋には唸らされる。ひとつ投げつけられるだけでもしんどい概念が連ねられてしまうとき、心の中で吹雪は猛吹雪に変わる。

畳み掛けるような言葉の配置。「ロマンチック・ラブ・イデオロギー/吹雪から猛吹雪になるところがきれい」、上句からぐーっと読み下されるように、吹雪から猛吹雪への変化はシームレスなのだ。

ちちははの壊れし婚にしんしんと白樺立てりさむらい立てり
いちめんのたんぽぽ畑に呆けていたい結婚を一人でしたい

《天狗山に天狗のスキー滑る見ゆ愉快なことがいちばん強い》と言い切った作品がある。ユーモアを織り交ぜることは作者として意識している部分でもあるのだろう。上記の二首は、ほんとうに気持ちがわかりすぎる。つらい。ここにも北山あさひなりのユーモアがあり、それはかえってひやっとした異空間をつくりだす。

「ちちははの壊れた婚」のなかに「さむらい」が立つ。結婚を思うときに、寄り掛かるための「いちめんのたんぽぽ畑」。ひらがなに開かれた言葉たちがつくる空気の、妙なやわらかさ。さむらいもたんぽぽ畑も、婚姻制度を思うときの暗さに対して場違いな感じがある。感傷的な詩語を持ってきそうな場面で、それを選ばない。場違いでユーモラスな手ざわりに、その裏にある冷たい絶望のなまなましさを思う。

いや、ユーモア、という言い方は少し違うのかもしれない。えげつないものをみた時の引きつった笑いのようにも見えてくる。やってられないことばかり。姓も婚姻も、やけに理不尽が多いですね。戦争もあるし、政治にも問題があるなんて。まともに取り合っていては頭が変になってしまう。二千年以上あったんだから、人類にはもう少しちゃんとやっておいてほしかった、と思うのは我儘か。

『崖にて』のなかで放たれる言葉たちは思いもしないところから届いて、そして覚えがある。出来事をみた時の思考が、心からそのまま現れたような書き方に見えはしないか。

そのように感じられるのは、心が動いてから、言葉にしてしまうまでに無意識に濾過してしまう一次的な感情を引っ張り上げているから。たとえば、《恋人が兵隊になり兵隊が神様になる ニッポンはギャグ》という作品は、まさに気持ちを濾過してしまう前の動きを握り込んだ一首だ。

すくなくとも、さむらいやいちめんのたんぽぽ畑をみて、近いな、と私は思った。なぜだか家を大切にするあまりに現れる、婚姻制度やその他諸々のことへの無邪気さを見せつけられたときの感情にすごく近い。驚き、悲しみであり、苛立ちであり、それに押しつぶされて笑いが出てくるような。

さむらい! なんと苦しそうな職業。薄着に足袋で、重い刀をぶらさげている。雪のもとでは寒いし、たいそうつらいはずだ。立っているさむらいは途方にくれているが、その表情は冷え切った真顔に違いない。真顔なのは、もう散々だからだ。元気がない。その目は不合理な現実をじっと見つめている。

最後に『別冊 北山あさひ』という冊子にあった一文を。北山の短歌は、拳だ。殴りかかってくる現実に向けて、繰り出されるカウンターの拳。殴りかかってきた方も、まさか殴り返されるなんて思ってないからびっくりしている。

""——日々の暮らしの中、何がわたしを苦しめるのだろうと考える。お金、職業、性別、札幌という地方。思い当たるもの全てを殴りつけてやりたくなる時、善悪を見定める拳のような北山さんの歌を思う。理不尽な出来事や痛みを、本当に守りたいものを思う。——"" 

『別冊 北山あさひ』p.29
佐巻理奈子 一首評より

わたしも(他にも多くそのような人がいるように)、ちちははの壊れた婚の中に現在進行形で生きている人間だ。北山と、わたしと、私たちの置かれている状況は違うだろう。だけどこの拳があることが、こんなにも心強い。


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