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「ギフト」 青山美智子|『スピン/spin』 創刊号

このショートショートの「私」は明日から始まる社会人としての生活に不安を感じ、なかなか寝付くことができない。そんな中、気を紛らわせようとして偶然手に取った小学生の頃に読んだ児童書のある言葉から、今感じている不安を乗り越えるささやかな勇気を得る。

小説の言葉に救われたという経験はパッと思い浮かばないのだけれど、物語になら救われたことがある。確かコロナ自粛がちょうど始まった頃だった。僕はその頃も大学から電車で2時間ほどかかる実家に住んでいたため、友達と全く会えない状態になった。それまでは部室や友達の家に泊まったり、毎日人と会うのが当たり前の生活をしていたから、陸の孤島のような真反対の生活を突然強いられて精神的に参ってしまった。現役生として残された時間やこれからの活動など様々な不安が募る中、僕はとにかく本を読み耽った。安部公房「砂の女」と出会ったのはそういった時期だ。砂の中の生活から逃れようともがく主人公に自分を強く感じた。この主人公が最後どうなってしまうのかハラハラとしながら息を呑み読み進めた。結末を言うことは避けるが、僕はこの物語をきっかけに不自由に内在する自由性について考えを巡らし、自分を救うことができたのだと思う。孤独ではあるけれど、裏を返せば雑音のない自分だけの世界を目一杯楽しんだ。結局一日一冊という驚愕のスピードで本を読み耽った当時の経験が、今の自分の本好きに繋がっている。虚構には現実の生き方を見直してくれるささやかな力があると思う。もしも自分が袋小路から抜け出せなくなった時に力を借りれるように、切実な物語を一つでも多く自分の中に蓄えておきたい。

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