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「祈り/彼らとの時間」


どこかでなにかが焼けたみたいな匂いがする。
薪なのか、餅なのか、石油なのか。
師走は必ず、なにかがどこかで燃えている。

一番暖かいセーターを
奥からひっぱり出して着る。
スーパーではペンギン型のカキ氷機がいつまでもワゴンに乗せられている。
(きっと目の上についた割引シールは
剥がすと後が残るだろう。)
あの子が居なくなったのは夏だったのに
思い出すのは毎年冬だったりする。
煙草が一番おいしかった日。
ちぐはぐで哀しいのにみんな元気でいて欲しい。
神様はわたしのお願いを叶えてくれなくて良い。
ただ海の真ん中で浮かんでいるわたしを
忘れないでいて欲しい。
話しかけてくれると尚、良い。

毎朝、同じマグカップにコーヒーを入れて。
お腹が空いてなくても焼いてしまう食パン。
いつもと同じ手順でお風呂に入り(頭から洗う)
似たような時間に眠る。
どんなに慎重に過ごしても昨日と今日は違う。
その当たり前を知る。
私は祈ることしかできない。
毎日、同じように過ごすことは祈り。
生活の時間に祈りは込められている。

イエスキリストが産まれて一夜明けた朝も
こんなに静かでなんでもない日の
始まりだったかな。

昨日の匂いがかすかに残る、寒い朝。

私たちはききたい。
彼らが話すことを。
花瓶が、
置き時計が、
針山が、
指輪が、
プレパラートが。

積み上がらない過去。

忘れたことも忘れるような厖大な平凡の中で、
記憶を持っているのは彼らでしょう。



絵・なかやまほなみ(店主)
     @nakayama.honami
言葉・タザワモエ(note:砂まじり)


細い道を歩いて角を曲がると、メモリー・シーという名前のお店がありました。
どこで生まれたのか、
最初の持ち主は誰なのか、
いくつの名前と、
思い出も持って、
店主はちぐはぐな彼らを愛していました。

ある年の12月、わたしはメモリー・シーに言葉を贈りました。

そこにいたこと。
彼らがわたしたちよりも覚えているということ。

祈りを込めて。

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