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【二人のアルバム~逢瀬⑯~企業曼荼羅~】(フィクション>短編)

彼が入居し、落ち着くまでに大体一か月、懸った。

春が近かったがまだ寒い日が多い。彼は、入居してから自分のベッドをリサイクルショップに売って、その隣の家具ショップで新品の彼女用のクイーンサイズベッドを新規購入し、2人と一匹で、スプーンの形になって眠った。彼は実家で犬を数匹飼っているが、動物が大好きで、彼女の猫も彼の気持ちも分かるようだった。

1匹と二人の生活は特に問題なく、彼女は彼と面白おかしく暮らしていた。彼女の笑顔を見て、彼も楽しんでいた。

その間に、彼の元居た会社では、役員会が彼の退職を認定・承諾し、会社の柏木人事本部長の方から彼の携帯に数回連絡が入り、副社長以外の全員が出席した緊急役員会で辞表は受け取ったが、退職金の額が増えた、と教えてくれた。

社長が副社長の不祥事を認め、先に退職届を社長に預けた彼に対して、社長の『特別賞与』の意味を以て、退職金と共に払い込む予定だ、との連絡を受けた。「勿論、この『賞与』を受け取るのなら、会社に不名誉な事を本に書いたり、他人に話したりしない、と理解した、と言う事だ」
と柏木は言った。

緊急取締役員会が開かれた際、副社長は動議があって出席を求めたが、社長の意向で出席出来なかった、と柏木が言った。

例の案件の支払先の企業との関係について、彼が睨んだとおり、副社長は社長に申し開きをしようとしたが、既に社長命令で人事本部の柏木と営業本部の水野取締役本部長に、社長が副社長の調査を依頼してあったとの事だった。

取締役会で、柏木は、
「社長命令で(彼が書いた)社長へのメモの時間軸でのコメントや、副社長のしていた言動についての詳細を会議中に読む様に言われ、読み上げた」、
と彼に謂った。

言及したメモ内容が読まれた後、社長命令で正式に副社長を取締役職から解任、同時に水野と柏木が彼の書いたメモの副社長の言動内容について調査する事が決定した、と柏木は話した。

水野及び柏木の調査の結果、副社長が実際に仕事を世話したり、紹介した企業と副社長との間で、「世話人」として勝手にレートを設定し、料亭などでリベート受領していた事が、詳細に亘り判明し、副社長の責任が問われたと言う。

そこで会社は、大事になるのを回避し、刑事法訴追を避け、副社長は受け取ったリベート代金を各社に即時返却および事業運営に余分に懸かった費用をこちらの会社側に全面的に現金で弁償し、副社長と言う職名を取り上げられ、その後、即刻、懲戒解雇になった、との事だった。経済界の新聞や雑誌にも或る程度出るかも知れない、との事だった。

彼は柏木の話を聴きながら、副社長が実際にしていた悪事が信じられず、人間不信になりそうだ、と言ったが、社長が少し足してくれた「特別賞与」については、新たな不安に感じ、悩んで、彼女に他言無用で相談した。

彼女は、暫く考えてから、
「お金は貰って置きなさい」
とアドバイスした。

新しいポットでコーヒーを作って呑みながら、
「あなたの気持ちは凄く分かるし、あなたの正直さ、真面目さと潔さを思うと、不憫だし。解るわ。こんな形のボーナスは受け取りたくないと思う。そうよね、特にあなたの様な人の場合。でも、あなたはこの事、話したくないでしょ?誰とも」
「話したくない」
「じゃ、あなたは退社したんだし、お金は貰って置いて、有意義に使って損はないわね。あなたがこの会社で苦労して取得した社長のためのいろいろな仕事全般への賞与、と思いましょう。悪い事は無くってよ。副社長の事は忘れて、貰って置きなさい」
彼女のアドバイスは、非常に妥当な意見だった。

「どうせこの件は、元から誰とも話す気もないワケだし、社長からの好意もあるので、貰って置いて、悪い事ではない」
と言う事になった。
「先に柏木さんとお金の引き当て先を検討した方がいいわ。そうすればハッキリするし、費用科目の名称についてうるさく言っても、社長なら分かってくださる筈よ」。

彼女の的確なアドバイスで、彼は柏木に電話して、柏木の言及した『特別賞与』について、自分の気持ちを話した。柏木は、彼の回答を社長と相談後、善処してくれた。

柏木は、検討後に電話して来て、明るい声で言った。
「お前、今まで、色んな案件で社長の特別な仕事で主導してるじゃないか、記録に明らかな貢献度が見て取れるから、これに限らずさ、社長に相談して、退職金が『貢献度ボーナス』として、金額が増やされる事にして貰ったよ」

確かに、彼は今まで、社長の特命で色々な案件を手にした。成功したり、しなかったり、難儀したり、頭を悩ませて眠れなかったり、多岐な経験をした。これに対して、特別に彼を指名してきた社長から『貢献度のボーナス』が入るのであれば、本件では色々な点で奮闘したが、喜んで受ける事とした。

或る意味、コレを実行する事により、副社長はもう社史、業務履歴にも存在しなくなり、副社長の名前も顔も、会社のパンフレットからホームページまで、存在しなくなった。

逆に、業務貢献が高かった「独立予定」の彼に、社長が好意で「業務貢献度を以て特別賞与を加えた」形として帳簿に残り、過去の厭な案件記録は一切彼の考課表には出なくなる。柏木は、
「おい、社長に感謝しろよ」
と言った。だが、実際、柏木もホッとしたのだろう。同期で入社した同士、変な気は使いたくないものだ。彼は丁寧に礼を言ってくれる様に伝え、柏木にも頭を下げながら、礼を言った。
「…うん、柏木も有難うな、本当に…」
「あぁ、頑張れ。応援してるから。また呑みに行こうぜ。奢れよ」
と笑っていた。

数日後、会社の方からまとめて退職金+α プラス・アルファのボーナスが入金し、彼は、社長がプラスした追加金の額が、彼が予測した以上に高額だったのを見て驚いたが、この会社で仕事を続けていたら、定年まで払い続ける積りで、身が細るような思いでいた自分の両親の老人ホームや介護ケアや、実家に収める筈だった金を一括で受領し、コレを適宜、各所へ送金して払った。

彼女は、彼のサッパリした笑顔を見て、彼にとっては親孝行になったな、と思った。彼にとって、精神的な苦闘の末に、厭な思い出になってしまったが、とにもかくにも、彼女と彼の共同生活が正式に始まった。

(つづく)

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