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【二人のアルバム~逢瀬⑨~神楽や~】(フィクション>短編)

神楽やは、神楽坂の牛込方面から坂を上るとある豆腐屋のある小路にある。車が入れない所なので、牛込方面で駅の改札で待ち合せ、坂を上って二人で歩く。

最初は騒がしい商店街だが、いつの間にか、道が込入って来ると、暫く静寂の中で肩を並べていて、夜の闇の中、彼女は足早く彼に追着こうとした。

すると、暗い街灯の許、彼が少し微笑んで振り返り、丸いふくよかな温かい手を伸ばして、彼女のかじかんだ冷たい手を取って自分の方向に軽く引いた。彼女は重心が前向きだったので、右手を彼の左手と繋ぎ、簡単に彼の横に収まった。

「どうした?息が切れたか(笑)」
「やぁだ(笑)、もう」彼の右顎を左手で触った。
彼が左右をさり気なく見て、街頭の下で口唇を重ねた。
「あ…ん、灯りの下で」
驚いた彼女が甘えて言うと、
彼が😁にっ😁として、
「誰もいないよ」
また左右を隠し見た。
「ほら。誰もいないよ。真っ暗で、コワいか。
今度はもう一つ向こうの壊れた街灯の下でしようか?」
「やん、馬鹿ねぇ」
彼の腕の中で彼の胸を叩くと、彼はくすくす笑って口唇をまた重ねた。

口唇が離れた後、彼女は進行方向に行きましょ、とばかりにかした。
「この豆腐屋さんの左へ曲がるんでしょ?」
「そうそう」
「私、方向音痴だからなぁ、曲がる角が多過ぎてまだ分かんないわ」
「いくらでもお連れしましょう(笑)」
「あははは」
繋いだ彼女の右手を彼は自分の腕に通して、歩幅を合わせて、ゆっくりと歩きながら、彼女をリードした。彼女は彼の肩にもたれて歩いた。

神楽や、と書いた大きな木の看板の下に煌々と灯りが点っていた。ガラスの引き扉の前に、竹のノッカーがついていて、扉が動くと、勝手に音を出した。カンケンコン、と扉にぶつかるノッカーの音で、女将が奥から、
「はぁい、いらっしゃいませぇ~」
と声を架けてくれた。

壁がレンガで、一見、洋館に見えるが、店の名も、内装も、神楽やは、和風の家庭風の小料理屋だった。

大将は、変り者ですぐ周囲と喧嘩を始めるので、奥方の女将が気を利かせて、旨く気を廻してやり、客の取扱いをしてくれていた。

女将は、商売上手で、このレンガの建物の後ろにある3階建てのマンションを賃貸していた。3階の二室においては、店に来た泥酔客や、お泊りのカップルなどを相手にお休み処として提供し、客に一晩一万、泥酔客には二万で好きに使わせていた。彼は、酒に弱くて歩き廻れない彼女の為に、こう言うお休み処をよく利用した。

「奥、いいかな」
彼が女将に訊くと、女将がにっこり頷いた。
「お食事、先ですね。もちろん、ちゃんととってありますよ」。
案内されて、奥の「いつもの」掘り炬燵部屋に入り、
掘り炬燵で収まったところで、女将が彼女に
「風邪は如何ですか?」
とにっこり微笑んで、訊いた。彼女が
「有難うございます、治りました」、
とにっこり返すと、
「ね?ウチのニンニク鍋はね、ホントに風邪に効くのよ💓」
女将が配る様にさっさとお膳の上に箸や、グラスなどを並べて、
彼がパッパッと続ける希望メニューをメモして、厨房に帰り、
ビールを持ってきた。

二人でグラスを傾けて、
「乾杯💓」
と声を合わせてグラスを合わせた。


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