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【二人のアルバム~逢瀬⑪~昇仙峡②もみじ回廊~】(フィクション>短編)

1.土曜日
金曜の夕方に着くつもりが、待ち合せた時間に彼が遅れたせいもあり、甲府で借りて運転したレンタカーで、二人でドライブ中に雨雪に降られ、曲がる筈の角を外したら、早速道に迷った。頭の良い彼はすぐに元の道に戻れたが、やはり時間が懸かったせいで、当初、思っていたより、ずっと遅くホテルに到着した。

その晩は、二人で就寝し、朝早く起きて、散策に出た。朝が早い彼と朝風呂してから朝食を取らずに、ホテル前の大きな道路から女中が教えてくれた通りの行き方でレンタカーで朝市場に向かった。森の駅(いわゆる「道の駅」)がある大きな通りで朝市で買ったものとまた別に土産などを購入し、8時半には、森の駅の建物の中にある、和風の飯屋に入って、朝の膳を戴いた。ホウトウも少し戴いて、二人は満腹になった。彼はこう言う時は非常によく動く。タフである。彼女は少し眠りたかった。ホテルに帰ってから、少し彼女は頭痛がしていたが、自然を見たいという彼に付き合って観光名所のもみじ回廊へ行った。女中の勧めで、迷わぬ様にホテルの勧めるハイヤに乗った。

彼女はスキーパンツや温かいスキー用のジャケットを身に着けていたので、コレなら充分温かいだろうと思った。ところが、もみじ回廊に着いた頃には天候が変わっていた。彼はすぐに帰るので、と言い、運転手に待ってるように頼み、運転手はにっこり笑って頷いた。

急に風が強くなり、彼女の頬が凍るようだった。風に吹かれるごとに頭痛は激しくなり、彼が分けてくれた一組の男物の軍手を自分の手袋の上から小さい手にめて、彼女はもみじ回廊の水気の有るぬらぬらした足元に気を付けながら、彼の後ろをくっついて歩いていた。

河口湖から吹いてくる風は大変強く、近くにあるこの回廊は、霧雨が降って来て、踏むところ、歩くところ、すべて湿っぽい泥が氷になったような感覚がしていた。彼女の冷えた指先は、氷の様になり、脚先も思うように動かない程、身体中が冷えて、彼女は頭の痛みと凍えた身体中が思ったよりキチンと動かずに彼に合わせて歩く事が出来なくなっていた。

気が付いた頃には、昼少し後なのにもかかわらず、北風と霧雨のせいで、先程まで日光が当たっていた外景は暗い冬の色を醸し出していた。

河口湖から吹きつける風は特に温度が低く、彼女は身体が疲れて、ガタガタ震え、クビに力が入り、寒さに凍えてきた。彼の後から歩いていて、ブルブル震えながら、とにかくこの極端な足場を、どうやって通り抜けるべきか、と考えていた。

ふと気が付くと、彼がにやにやして、手を伸ばしてきていた。
「こっちへおいで、あなたの手を引いてやるよ。寒いんだろ。分かるよ」
「ごめんなさい、身体中がこごえてて…」
「大丈夫、さ、こっちへおいで、そうそう」
と湿気が激しい真ん中の引っ込んだ小路を避けて、端っこの回廊のえぐれたところではなく、林の並んでいる方に上がって、引っ張り上げてくれた。履いていた山道ブーツは重いし、脚先は冷たくていい加減、血流異常なのか、つま先に痛みを感じた。
「今日は天気が悪くて運が悪かったな」
彼が彼女の肩から背中に手を伸ばして、優しく包んだ。
それでも彼女は彼に直ぐに返事も出来ない程、ガタガタ震えて、顔色が青白くなっていた。軍手を通じて彼女の手の冷たさを感じ、彼が頭が痛いと呟いた彼女の事を案じて、真剣な顔つきで言った。
「帰ろう。大丈夫か。ハイヤの有るところまで、歩けるか」
「うん…、大丈夫。ごめんなさい、かじかんじゃって、寒くて口も利けないわ。ど、どうしてかしら。私、熱が有るのかな」
「急に寒くなったもんだな。どれ…、いや、熱はないよ」
彼女の額に触れて口唇で彼女の額の熱を確認してから、彼は呟いた。
「馬鹿には出来ないな、こっちの天候は。ハイヤを雇ってよかったよ。さぁ、帰るぞ」
周りの帰宅の途にある観光客の後をついて、彼は彼女の軍手が包んだ彼女の小さな手を掴み、回廊の入り口まで来て、ため息をついて、自分のハイヤの運転手に手を振って、震える彼女が立っているところまで車を廻して貰った。黒いハイヤの運転手は、震える彼女を見て、すぐに彼女の為に、トランクからもこもこした暖かそうな毛布を出してくれた。

彼は運転手が差し出した毛布を有難く受け取り、彼女の冷たい泥が付いた厚でのスキーパンツの様なズボンからごみや泥を拭いてから、温かい毛布で下半身を包んでやった。
「悪いね、運転手さん」
彼がお礼を言うと、運転手がニコニコしながら、
「この辺は急に天候が変わって、特に今頃は寒くなりますっからね、用意が有るんですよ。今日はお早めにお帰りになって、奥様と一緒に風呂で温まられて、一杯点けて貰ってください」
と言いながら運転し始めた。

奥様ではない、と彼女は言いたかったが、頬を赤くして、前を向いて運転手と話す彼を見ながら、彼の肩に軽く首をもたれさせた。

聴き上手の彼の方に天候の急な変化への対応について話したりしながら、運転手の見事なドライブであっという間にホテルに着いた。彼はその間、運転手の謂う事を聴きながら、懸命に心配した顔つきで彼女の手をさすってやっていた。

ホテルに帰ると、先に運転手から聴いていたのか、二人の部屋の炬燵に新しい灰と真っ赤な炭が加えられ、部屋の温度を上げる為に、炬燵布団が挙げられていた。

彼は彼女に、炬燵の前に来て、温まるように言った。彼女は、着替える前に炬燵に入りたい、と炬燵にあたり、脚を入れると、真っ赤な炭の暖かみがじんわりと氷の様な彼女の脚を温めた。
「あぁ、温かい。寒かったから、とっても気持ちいいわ」
即座に凍えてひきつっていた彼女の顔がゆるんだのをみて、心配そうだった彼の眉間の皺がなくなり、安心した様子でホッとして、笑顔に変わった。彼女は、暫時、足を温めた後、服を着替える前に風呂を遣うように女中から謂われて、すぐに既に焚かれていた熱いお風呂に入り、身体を温めた。

もみじ回廊で寒い思いをした、と聴いて、利口な女中が気を利かせ、頭痛薬と、掘り炬燵の横に、厚手の綿がたっぷり入ったホテル名の入ったちゃんちゃんこを置いて行ってくれた。

彼が有難そうに早速身に着けて、暖かい、と喜んだ。彼女もちゃんちゃんこを身に着けて、にっこり笑った。薬のお蔭で頭痛も消えて、少し、身体が縮んでいたのを伸ばせる感じがした。

和室で夕膳の前に、運転手のアドバイスを取って、彼が二人に熱燗を頼み、二人で乾杯した。身体の芯に温まったお酒が入り、浴衣の上につけたちゃんちゃんこが熱いくらいになり、彼女の頬が少しピンク架かった。

和室のお膳の前にテレビが配置されていて、その横にサッシ窓が続いてついていた。天袋の代わりに、テレビの横のサッシ窓の下に地袋がついていた。突き出た地袋は、樹のパネルがついていて、座ったりもたれたり出来た。

突き出た地袋にもたれて近くの山や富士山まで見る事が出来た。真っ暗になった窓を見て、女中が雨窓扉と部屋の中の和紙の襖を先に閉めて置いてくれた。テレビが何もやっていないし彼が見たがらなかったので、地袋にもたれて、彼女が赤い頬でため息をついた。
「旨く行かないものね」
彼女は、彼女の横に来て座った彼の肩に、頭をかしげてもたれた。
「もみじ回廊を見たくて来たのに、寒くて震えちゃうし」
「そんなもんさ」
彼が慰める様に彼女の肩を抱いて言った。
彼女は彼の腕の中に入り、
彼の腕の中に抱きしめられて、
「キャッ💚」
と笑いながら、彼の瞳の中に自分がいるのを発見し、見つめ返して、赤い頬になった彼にキッスした。
「明日は天気予報を見ながら行こう」
彼が彼女を見つめながら低い声で囁いた。

「そうね…日曜はゆっくり起きるわ」
「あぁ、好いよ。疲れたからな」
嬉しそうにニタッとして、彼がさらに小さな声で言った。
「ご飯をスキップしてベッドへ行くか?」
「いやあだ、私、お腹空いてるんですからぁ」
彼があはは、と笑った。



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