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「日常に溢れる何気ない幸せのとなりに、僕の淹れたおいしいコーヒーを。」平戸市鏡川町 マメルクコーヒー店主 杉山稔典さん

長崎県平戸市鏡川町にあるコーヒー屋「マメルクコーヒー」は、2013年開店以来、たくさんの地元の方に愛されているお店である。一人で読書やデスクワークをしたり、お友達とリラックスして会話を楽しんだり、中高生の間では、「平戸のスターバックス」という愛称で、幅広いお客さんに利用される人気のスポットだ。

こだわりのスペシャルティコーヒーを地元の平戸でも気軽に楽しんでもらいたいという思いでお店を営む、オーナーの杉山稔典さん。長く愛されるお店にはどんな思いが込められているのか。杉山さんのコーヒーライフについて話を伺った。

大工から花屋の12年間

平戸で生まれ育った杉山さんは、平戸高校を卒業し、父の影響で大工の道へと進んだ。

杉山さん「ちっちゃいころから父の仕事を見ていたし、興味がないこともないし、楽しそうかなってのもあるけど、そんなに大工さんになりたくてっていうよりか、まあたまたま選択肢の一つとして大工さんが目の前にあったっていうだけで、そんなにめちゃくちゃバイタリティ溢れる感じでもなかったかなあ。」

しかし、仕事をこなすうえで見えてきた大工の仕事は、憧れていた父のような大工像とは違っていた。昔は職人の技術で、人の手によって加工されていた木材が、機械化により工場で加工できる時代になり、必要のなくなってしまった技術が継承されない現場を目の当たりにしたとき、「本物」の大工にはなれないと気づく。五年間の修業期間を経て、大工の仕事に区切りをつけた。

もともと植物に興味があったことから、ハローワークの求人で見つけた花屋の世界へと進む。人間関係も良く、好きな仕事でやりがいをもって働ける職場環境であったが、どこか将来への不安があった。

「いい環境なだけに、このままずっと老後までいっちゃうのかなみたいなのが漠然とあったんだけど、どこかで、自分がお店をやりたいっていう思いがあって、ちっちゃい時からなんとなくお店いいなって、子供が思いがちな夢みたいなものがあったけど、30歳っていうのをきっかけに、やるんだったら今しかないかなっていうので、思い切ってお花屋さんを辞めたかな。」

30歳という人生のターニングポイントの年に、頭の片隅にあった「自分のお店をやりたい」という夢を具現化するべく、7年間働いた花屋での安定した職を捨て、夢への第一歩を踏み出す。


思考のお遍路旅から見つけた「コーヒー屋」という夢

何のお店をやるのか、どういうスタイルでお店をやるのかまだ何も決まっていなかった当時の杉山さんは、考える時間をつくるために、自転車で四国一周、88か所の寺を巡るお遍路の旅に出かけた。

「家で机の前に座ってても、なんか楽しくないなって。だから別に観光に旅しに行くわけじゃなくって、考えるためにちょっと旅したいって思って。チャリこいでる時間なんて景色見るくらいだし、ずっとひとりだから考えることもできるし、自分が何をやりたいのかっていうのを考えてたかな。」

そこで思いついたのが、花屋の仕事をしていた時に興味があった「コーヒー」だった。

「味わうためっていうよりも、『自分のスイッチの切り替えのためのツール』として使ってたかな。コーヒーを淹れるときはわざとゆっくり淹れようっていうルールを自分の中でやってて、そこで一呼吸すると、気持ちが切り替わってリラックスできた。」

朝仕事に出かけ、働いて、帰宅して夕食を食べ、寝て、次の日仕事の行くという、常にバタバタした気持ちのまま日々を過ごしていた杉山さんに、コーヒーという存在が、ほっと一息つく休息の時間を与えてくれていた。

ドリップバックからはじめ、豆を買ってきて自分でひくようになり、小さなエスプレッソマシンを買ってラテを淹れるようになり、最終的には家のキッチンで小さな網を使って、生の豆を自分で焙煎するほど、コーヒーの沼にのめりこんでいった。

自分の地元でも気軽にコーヒーを楽しめるお店をつくりたいと思うようになり、コーヒー屋をオープンしようと決意する。旅から帰宅したのち、計画をもとに、約一年かけてお店を準備した。

何にも縛られない表現がしたい

憧れの店で経験を積み、自分の店をオープンしたという話をよく耳にするが、杉山さんは、コーヒーについて全て独学で学んだという。

「教えてもらったら簡単に答えが分かるかもしれんし、でもそこって一番面白いところでもあるから、自分でやりたかったっていのが一つ。ロジックがこうだから、こうしたらこうなるんで、こういう風にしましょうっていうのは、チャレンジの幅がすごく狭まる。セオリーはこうだけど、思い切って違うことをやってみようっていうのは、自分の責任でやるからできる事でもあるし、幅を狭めたくないっていうのはあったな。」

やりたいことを誰にも縛られずに表現したかった杉山さんは、お店の建築から、メニューの考案まですべて一人で手掛けた。そうして出来上がったお店を切り盛りするのも一人で、
特にオープン当初は、朝の9時半から夜の10時まで営業していたこともあり、地獄のスケジュールだったと苦笑交じりに語る。それでも、「お客さんが安心していつでも来れるような場所にしたい」という思いで、がむしゃらに走っていた。

お店をオープンして一年が経ち、もともとはお客さんとしてお店に通われていた奥さんと出会い、なんと半年でスピード結婚。「一人で忙しそうだし。」と、なんとなく手伝いをし始め、気が付いたらお店を一緒に経営していたという。「上司と部下」という関係性ではないからこそ、お互いに意見を出し合い、目線を共有することで、杉山さんの表現することに、奥さんのエッセンスが加わった「マメルクコーヒー」はより魅力的な場所となった。ちなみに奥さんは苦いのが苦手で、コーヒーは飲めないそうだ。(笑)

“僕”がコーヒーを淹れる意味

お店をオープンして10年。年々客数も増え、オープン当初は小さな店舗だったが、二度の増築を経て、より多くのお客様から愛されるマメルクコーヒーへと進歩した。売り上げも当初から3~4倍に伸び、着実に成長し続けている。止まらない進化の秘訣は何なのか。コーヒーへのこだわりを伺った。

「僕のニュアンスっていうのを大事にしてるかな。それは、なんとなくっていえばなんとなくなんだけど、そのなんとなくが、『自分の中でしっくりくるなんとなく』、みたいな。感覚的にこれはこうした方がおいしいよって思えるアプローチを常にしようと思ってる。」

豆のグラム数や、お湯の量、抽出時間など、数字的に設定してはいるものの、毎回決まった通りにしているわけではないそうだ。扱う豆の特徴や状態と、一人一人のお客様の好みを踏まえたうえで、数字では決められない「感覚」を使って、言葉では表せない「おいしい」を表現している。

「だって、せっかく僕が焼いて、これがおいしんだよって組み立ててるものを数字だけで決めちゃうとか、逆に均一になりすぎても面白くない。今日のこれ、昨日飲んだ豆と同じやけど、こっちの方が好きだなって思えたらいいし、ブレ、幅がある方が楽しいって思う。」

常に最善を尽くし、ストイックにおいしいコーヒーを生み出し続ける杉山さん。彼にとってのコーヒーの魅力とは何だろうか。

コーヒーは、居場所をつくり、思いやりを表現する

「コーヒーがあるってだけで、その周りで楽しそうにしてる人たちが、存在する理由を一つ見つけれる。よく言うじゃん、仲のいい友達と「今からお茶しない?」って。それって別にお茶が飲みたいわけじゃなくて、“もっとリラックスして楽しく一緒に時間過ごそうよ“っていう表現だと思ってて、コーヒーっていう一つの存在が、楽しい場所をつくる理由になるよね。」

「あとは、人が淹れてくれるコーヒーが好きだね。コーヒーどうぞって言って淹れてくれる人との関係性だったり、親密さの表現だったりするし、人に対する思いやりの表現だったりする。たとえインスタントコーヒーだろうが、めっちゃ高いコーヒーだろうが、そこに思ってる気持ちって変わらないから、単純に僕のために淹れてくれたコーヒーを、どうぞって言ってくれるのは、すごくうれしい。」

友人の家にお邪魔した時、「コーヒー屋さんにインスタントコーヒーなんか出しちゃってごめん」と謝られたことがあったそう。しかし杉山さんにとって、「自分のことを思って淹れてくれた」という事実は変わらない以上、モノは関係なくうれしい。一杯のコーヒーを通して、人からの愛情を感じることができるのも、もう一つの魅力だと話した。

自分のアイデンティティとしての「コーヒー屋」

コーヒーの魅力を語る穏やかな笑顔とは裏腹に、杉山さんは自分の仕事を誇りに思う熱いプライドを胸に秘めていた。

「平戸って、スタバもないし、ラウンドワンもないし、って言って、腐るのが嫌なんだよね。僕はコーヒーが好きだから、スタバはない、でももっといいコーヒー屋さんあるよって言えたら、自分のアイデンティティの場所として、誇りを持てるんじゃいかなって、そうなりたいなって思うな。」

オープンから10年間、たくさんの方に愛されてきたマメルクコーヒー。客数が増え、徐々に収益も上がってきたが、自分の食べるものよりも、コーヒーグラインダーや焙煎機などの道具にお金をかけ、お店に投資をしている。

「いい仕事するためにはいい道具が必要だと思うし、その反面、いい道具を使ってるのに、自分が満足いかない出来だったりすると、それって僕のやり方が悪いってことじゃん。道具にお金をかけるっていうのは、いいものを提供したいっていうのと、自分の仕事をより向上させるため。」

小さなエスプレッソマシンと焙煎機で戦っていたオープン当初から、お店の成長と共に道具も進化させてきた。それは、いい商品を提供したいという思いと、自分の仕事に対して妥協できない、ごまかせない環境をつくるためであった。

表現の場はどこだっていい

自分が生まれ育った平戸の地で、人に喜ばれる仕事がしたいと語る杉山さん。長年住んでいるからこそ感じる平戸の魅力は何だろうか。

「あー、ないね(笑)。でもないって言ってるのはいい意味であって、場所は関係ないと思う。四国行って、素敵だな、きれいだなって場所はあったけど、正直、どこにいようが不満を言えると思う。でも逆に、どんな田舎にいようが、どこにいようが、いいとこを探せば、絶対いいとこはあるし、だからこそ平戸もいいよって言えるかな。」

自分の表現したいことができれば、場所は関係ない。その言葉の裏には、杉山さんの「幸せ」に対する価値観が隠されていた。

「幸せのハードルは低けりゃ低いほどいいなって思ってて。もちろん高い理想も大事だと思うし、そこから生まれる喜びは大きいのも知ってるけど、例えば、朝起きて、いい夢見たな、ハッピーだなって思えればうれしいし、朝食べるパンも、なんとなく食べてたらなんとなく過ぎるけど、ああ、おいしい、って思えればそれはそれで幸せだし。」

その思いは、“地元の方の日常にある幸せのお手伝いをしたい“というお店のコンセプトにも反映されている。仕事や勉強をする人、読書する人、友達とおしゃべりをする人。小学生からおじいちゃんおばあちゃんまで、様々な人の日常に溢れている幸せのそばにおいしいコーヒーを添えて、さらに幸せをプラスできたら。こだわりのコーヒーが、癒しや元気を与えることができたら。

そんな願いを胸に、杉山さんは今日も、人々の日常に寄り添う「生活の場」としてのコーヒー屋を営む。

マメルクコーヒー
長崎県平戸市鏡川町308
OPEN   水~土 9:30-19:00
               日   8:00-17:00
定休日  月・火
Instagram @mameruku_coffee


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