シネマ06 あなたを想って
「やばい、もう五十分!」
「大丈夫でしょ。まだ十分もあるし…」
「それね、大丈夫。大丈夫〜」
「もー、ふたりとも。のんびりしてないで!」
いつの間にか、ポストに投函されていた、褐色の封筒を手に、雨上がりの街を行く。水溜りに映るもうひとつ街に、小さく「せーのっ」。水溜りとつま先が触れ合って。揺れ動いた世界に、月が顔を覗かせる。視線は、空へ。今度はちゃんと。月と目線を合わせて「こんばんは」。のんびりと風に体を預ける雲。あっ。あの雲。なんだか竜みたい。きっと、あの子が喜ぶだろうな。……カシャリっ。
六丁目。スーっと。息を吸い込むと、肺に色なき風が流れ込む。胸に手を当てる。感じる鼓動。昔、あの子が言っていた。「この鼓動は“ドキドキ”じゃなくて、“ワクワク”なの。だからね、緊張じゃなくて…その鼓動は今から起こることが楽しみで仕方ない!って合図なんだよ!!」って。……だから、今、私の胸は“ワクワク”に支配されている。
「ここかな~?」
思ったよりのんびりとした自分の声。なんか、あの子みたい。ふふっと笑みがこぼれる。…………こんなところに映画館なんてあった?看板の文字は“シネマ”だけで。肝心の名前は姿を消している。あっ。黒猫。わ~!かわいい!!どこへ行くのかな?ちょっとだけ……そう思ったとき「もう、ほんと自由なんだから!」と脳裏に響くあの子の声。あっ、やばい。時間、時間。
重い扉の先。広々としたエントランスホール。看板のわりに、内装は新しく落ち着いた雰囲気が漂っている。映画館なのに、ポスターや上演スケジュールがない。不思議…。褐色の封筒からカードを取り出す。〈シアター06〉ね。
〈シアター06〉の扉を開けると、スクリーンも、座席もない。代わりに、カウンター席と、たくさんのお酒が並ぶ棚が目に止まる。あれ?映画館じゃないの?
「恋ちゃん、久しぶり。来てくれてありがとう」
そう言って、私に笑いかけるのは、すみれちゃん。
「も~、急に招待状?なんて送られてきたからびっくりしちゃった。今ね、すごく“ワクワク”してるの!」
すみれちゃんは、「私も!“ワクワク”してる」ってちょっとワルイ顔。……あっ。空気が少しずつ染まっていく。ほのかに香るのは……ホワイトリリー!
「えっ!穂乃歌ちゃん!会えると思ってなかったから嬉しい~!あっ、来るときね、竜みたいな雲を見つけたの!あとで、見せるね」
「うん!見たい!!……さて。恋ちゃん、私がいるってことは?」
穂乃歌ちゃんは、すみれちゃんみたいなワルイ顔をして言う。
「私もいるよ~」
「ちょっと、葉月。穂乃歌ちゃんに被ってるって!」
あっ!!のんびりとしたこの声は、葉月。そして、しっかり者の紫陽里の声!
久しぶりの再会。はしゃぐ私たちを見守る視線。初老の紳士─マスター─は、私たちを見て微笑んで言う。
「ようこそ。お待ちしておりました。さ、みなさん。こちらへどうぞ」
カウンター席に並んで腰かける。
「ねえ、ここ。映画館じゃなくて、バーだったの?」
四人は、珍しく声を揃えて。
「「「「内緒!!!!」」」」
「……マスター、お願いします」
すみれちゃんが、慣れた様子でマスターに“ナニカ”を手渡す。チケット?
マスターは、それを受け取ると、私たちに微笑んで言った。
「少々お待ちください」
「どうぞ、楽しいひとときを」
テーブルの月のちょうど真ん中。置かれたのは、カクテル。
「「「「「乾杯!!!!!」」」」」
溢れないように、そっとグラスを触れ合わせる。そして、ひとくち。ん~甘酸っぱいっ!パインとオレンジ?爽やかなフレーバーが口いっぱいに広がる。ん?その裏側にいるのは…??すごく不思議な組み合わせ。美味しい。そう言おうと、顔を上げると…。
「……え?」
さっきまでバーにいたのに。目の前には、大きなスクリーン。そこに映し出されるのは、私たちの“後ろ姿”。私たちは、それぞれの道の途中。…あれ。私だけみんなより少しだけ進んだところにいる。なんでだろ…。
「恋ちゃん。私たちね、恋ちゃんのこと心から尊敬してる。恋ちゃんは、私たちより一年先に。社会への一歩を踏み出した」
穂乃歌ちゃんがカクテルグラスを傾けながら言う。穂乃歌ちゃんの言葉を次いで、葉月が言う。
「しかも。なりたい自分の姿で。それは、誰にでもできることじゃないし…」
「私たちね。頑張ってる恋の姿に、すごく励まされてるの。でもね、立ち止まりたくなったら。いつでも私たちを頼ってね」
じんわりと心に広がる、紫陽里の言葉。
「恋ちゃん、これね。“シルビア”っていうカクテルなんだよ。カクテル言葉はね、“あなたを想って”……」
すみれちゃんがふふっと笑って続ける。
「私たちは、いつだって“あなたを想って”いるから。恋ちゃんの味方だからね」
帰り道。
穂乃歌ちゃん。葉月。紫陽里。すみれちゃん。みんなの笑い声が重なり合う。……なんだか、私たちってカクテルみたい。ふと、そう思った。それぞれの個性が混ざり合って、いい味になってるんだろうな……。なんだか、愛おしくてたまらなくなって、思いっ切り叫んだ。
「みんな、大好き。私だって、“あなたを想って”るんだからね!」
私の宝物。これからも、想い合って。支え合って……笑い合っていこうね。私たちらしく!
Special Thanks
ひたむきに自分の確かな道を進む、私の大切なお友達
いつでも、“あなたを想って”います。
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