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変化。

ここ数年、感じていることは
時に思いきった変化が必要なんだなということ。
自己改革みたいなことで。
たぶん、私は未熟で経験不足なことが多く
今までを過ごしてきたから根元を正すために
必要なのかも。

変化には恐れや痛みが伴うというが、
本当にその通りだった。
今まで信じてきたこと、
心地良かった人間関係、
大好きだったもの。
実際に手放すのは、なかなか苦しい。
精神的にも身体的にも、しんどいものだった。

じゃあ何だって、あえてそんなことするの?
って言うと、
今までのことが自分のサイズに合わなくなってきたから。

サイズが合わないとモヤモヤする。
疑問を感じる。
何周目のことに飽きて、ウンザリしてくる。
私が間違っているのだろうか?
そして、そんなことに罪悪感を感じ始める。

歳をとるごとに、自分が居る世界が全てだと思い込んでいる。
ずっと、そこに居続けるの?
私が欲しいものは、新しい可能性。

じゃあ、そんなにモヤモヤするんだったら
そこを抜け出して変えてみたら?
と、
ふと浮かんだ言葉にビックリした。
そんなこと考えたことがなかった。
若い頃は今より考えずに出来たけど、
歳をとると怖さが先に立っちゃうんだなぁ。

やってみたら、どうなるんだろう?
そのアイデアを心に温め続けながら、
モヤモヤや所在の無さを検証する期間を作った。

中途半端に逃げ出すだけなのではないか?
「好き」は、実は執着なのか?
自暴自棄になっているだけなのではないか?
恐れ、執着、エゴ、、心の奥底から出てきたもの。

逡巡し、何回も自分にも他者にも向き合って、
その度に自分の心を確認した。
どうやら、新しい方向を望んでいるようだと。

そして、少しずつ手放して、
新しい方向に少しずつ転換をしていった。

今、ようやく
新しい世界に転換が完了したように感じる。

自分が望んだ変化、この先どうなるかは分からない。
でも自分の心がそう感じたなら進むしかない。
辛かった分、この先は明るい未来にしたい。

自分の今までの世界をブレイクスルーしたことで、壁の外の世界があることを知り、
「世界は、広い。」
って、初めて実感している。
いかようにも望めば変われることを知った。
そのことだけでもやる価値はあったと思う。
今はただ、ワクワクしている。


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