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直木賞受賞作『地図と拳』の時空を超えた旅路

 この本の旅はある一人の男が船で満州に渡るところから始まる。彼が満州で過ごした時間、そして形見の短刀が時空を超えて受け継がれていく。
本の中の時間も1900年から1950年頃までととても長い時間を描いているためだろうか、なかなか読み進めることができず3ヶ月以上の月日がかかってしまった。
 舞台となる満州の中の「李家鎮」という街はロシア、中国、日本と様々な国の人々が関わり、義和団事件、日露戦争、満州事変の中で揺れ動いていく。主人公は人間ではなく攻防によって名前を変えて移り変わる街自体なんじゃないかと思わせた。読み終わった後に、この街が架空の場所だと知った時、驚いた。それほどまでにこの街も人も生きているような息遣いが聞こえてきた。

 そもそも満洲というのは日本史を学んだ時から地名としか知らない。太平洋戦争のきっかけとなった「満州事変」が怒った場所として、「溥儀」という名前や地図で場所を覚えた程度で何の親しみもない場所だ。
 けれど、この本を読んで、作中の軍人たちや建築家たちが血と汗で街を刻んできた歴史を知ると、不思議とこの街に行きたいという気持ちが湧いてくる。そして、地図を作るという行為によって街自体だけではなく、自分自身の生きる意味を証明しようとする男たちの熱意に動かされる。
 現代においても、戦いは終わらず、領土を巡って戦いを続けている人たちがいる。戦死した兵士たちそれぞれにも人生がある。それは敵にも味方にも言えることなのだ。犠牲者が三人と聞くと少なく感じてしまうこともあるが、自分の身近な家族や友達が三人亡くなったと考えると軽い話とは思えない。一つの街が消される瞬間とは、街に確かに存在していた時間や人々の記憶、様々な思い出が全て消し去られ破壊されることなのだと実感た。
 ファンタジーのような作り話なはずなのに、歴史の1ページを窓から覗き見ることができた。その時代にタイムスリップして、登場人物たちと同じ場所と時間を積み重ねて、旅をしているよう思えた。私にとって一番の収穫は隣国なのに、どこか遠くに感じていた中国という国に行ってみたいと思えたことだ。そして古来から人間が繰り返して来た領地争いによる地図の奪い合いが一刻も早く終了して平和な日々が訪れることを願いたい。

 1000枚を越える超大作なので、特に抵抗がない方は電子書籍でオススメします。

『地図と拳』
https://www.amazon.co.jp/地図と拳-集英社文芸単行本-小川哲-ebook/dp/B0B4RBN2ZZ/ref=tmm_kin_swatch_0?_encoding=UTF8&qid=1690215367&sr=8-1


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