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ガラス戸の向こうの幻影

私は人生で一度も猫を飼ったことがない。
実家で飼っていたのは、いつも犬だった。家族の動物派閥は、父は犬派、母と私は猫派、姉はネズミ派、祖母と祖父は無所属(動物が苦手)である。
ネズミ派とは、野生のネズミが好きというわけではなく、モルモットやデグーなどの家庭用の齧歯類の小動物のことだ。
この派閥でいえばうちは「猫派」が優勢だが、母と姉が猫アレルギーのため、そもそも実家で猫は飼えないのである。


私は子どもの頃、自他共に認める「猫好き」だった。
きっかけは、「みけねこキャラコ」(どいかや著)という、名前の通り三毛猫の「キャラコ」が主人公の絵本だ。
キャラコは、茶色の毛が脇の下の一箇所しかないため、一見すると白い毛に黒い斑模様しか見えず、周りの猫から三毛猫だと気づいてもらえない。
だから、茶色の毛が見えるように前足をあげて挨拶したり、茶色の絵の具を身体中に塗ったりして、キャラコは自分のコンプレックスを克服するために一生懸命奮闘する。
その姿がいじらしくてかわいくて、私はすっかり猫に夢中になってしまった。猫の柄のタオルを何枚も買い漁り、自分も猫になるのだと言って毎日魚を食べた。
そうやって、猫が飼えない不満を誤魔化していたのだった。


小学生のとき、家族とテーマパークへ遊びに行った。出入り口付近にあるお土産屋で、私は運命の出会いをしてしまった。
灰色の毛並みに黒のストライプ、二本足で立っているために惜しげもなく晒された腹部はふわふわの白の毛。引き結んだ口と、ピンクのかわらしい鼻。目は閉じられていて糸のように細い。
その猫のぬいぐるみを一目見た瞬間、私の身体に電流が走った。すぐに「欲しい!」とねだりまくり、強い押しでなんとか父親に買ってもらった。帰りの車に乗り込むと、急いで袋から出し、全長40センチほどあるぬいぐるみを力いっぱい抱きしめた。

かわいい、かわいい、もうかわいいしかない。
私の理想そのものだ。

家に帰った後、彼の名前を考えた。オスなのは、なんとなく凛々しいからだ。そして、「シーニャン」と名付けた。由来は謎である。今考えても、なんでそれ? と疑問なのだが、当時はこれしかないと思っていた。私はどこに行くにもシーニャンを連れて行くようになった。
シーニャンは、正面から見ても、横から見ても、下から覗き込んでもかわいい、完璧な物体だった。私があまりに連れ回すので、シーニャン左腕の付け根は伸びて細くなり、ピンクの鼻も禿げていった。


数年後、家族と訪れた別のテーマパークのお土産屋で、私は再び衝撃を受けた。
シーニャンがいる。顔が全く同じだが、毛並みは薄茶色に焦茶のストライプだった。「欲しい!!」私は、また押しに押して父に買ってもらった。
シーニャンと比べると、新しいぬいぐるみはひと回り小さかった。
これは……嫁だな。
私は彼女に「ジョリー」と名付けた。由来は謎である。



それから十数年経ち、私は大学進学を機に実家をでて、他県で一人暮らしをするようになった。
大学4年生に帰省したとき、実家のガラス戸の中にシーニャンとジョリーを発見した。私はこのふたつのぬいぐるみのことを、数年ぶりに思い出した。

「お母さん、これ…取っておいてくれたの?」

「あんたすごい気に入ってたじゃないの。捨てられないよ」

ガラス戸を開け、そっとシーニャンを取り出す。久しぶりのシーニャンは、とても軽く感じた。白い毛並みの先は灰色に汚れて束になっていて、ふわふわなんてしないし、所々禿げて下のメッシュの生地が見えていた。
昔のようにぎゅっと抱きしめてみると、何度も洗ったせいか、中の綿も縮んで頼りない。頭の裏側にうっすらと思い出す感触は、もっとしっかりしたものであったのに、存外あっけなく思い出は両腕に収まってしまった。

中学生の頃まで、彼らを枕元に置いて眠っていた。不安で眠れない夜も彼らは側にいて、私をいつも見守ってくれた。
しかし、高校生を過ぎたあたりから、次第に別のことに夢中になり、彼らを認識しなくなっていった。ずっとそばにいたのだろうけれど、その存在は透明になったように私には見えなかった。

これが大人になるということなのだろうか。

たくさんのことに鈍感になり、見えなくなり、やがて忘れてしまうこと。
失うことに似たそれは、私たちが生きていくために得た能力なのだろう。幼い頃の繊細な心のままでは、きっと生きられなかっただろうから。


改めて、シーニャンの顔を見つめる。閉じられた細い目。おそらく私は、彼以上に魅力的な猫に出会うことはないかもしれない。いつだって、現実よりも遠い日の思い出の方が美しい。

ガラス戸を開けて、シーニャンを棚の中に戻す。隣に置いてあったジョリーの頭を撫でた。

「さようなら」

彼らの顔をもう一度見つめてから、ガラス戸を閉めた。簡単に開くことのないようにしっかりと。

「ご飯できたよー」

台所から母の呼ぶ声がする。そろそろ夕食の時間だ。

「はーい、今行く」

私はそのまま部屋を出た。
煮物の醤油と砂糖の甘い匂いが廊下に漂っている。居間に向かう途中で、自分のスーツケースから、父との晩酌の用に買ってきたお土産の焼酎を取り出した。

……もし、私がいつか、猫を飼うことになったら、シーニャンと名付けよう。オスでもメスでも構わない。灰色じゃなくたって、別にいい。毎日頭を撫でて愛でてあげたい。そして、二匹目はもちろん、ジョリーで決まりだ。



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