【掌編小説】僕の器は
あの頃は、僕の身体の中に中心があって、吐く息は熱く、足だって四角い筋肉がついていて、呼ぶ声の元へすぐに走ってゆけた。周りには草があって、木があって、小石に躓くことはしょっちゅうだった。擦りむいた膝の傷は盛り上がって消えることはなかったけれど、そんなことはすぐに忘れた。日陰は休むところで、そこに座っていれば君がすぐに探しに来た。君の腕は日焼け止めを塗らないせいで真っ茶色に焼けていて、3丁目のパン屋のクリームパンより膨らみ美味しそうに見えた。夕暮れにただいまと言えば帰ってくる声があり、頭を撫でる柔らかい手があった。
そんな日々でも、僕は言葉で人を殴ったし、殴られたし、毎日悲しいことがあった。楽しい時間とおんなじくらい。僕はしゃべった、世界のこと学校のこと、君のこと、花のこと、夜のこと、太陽のこと。けれど自分のことは誰にも言わなかった。部屋にひとりきりの夜、僕は腕や足を何度も殴り、自分を慰めるときがあった。僕の拙い懺悔を、神さまはたぶんきっと受け入れてくれていた。けれど声を返してはくれなかった。しょうがないので、僕は紙に心を移して、絵にして文章にして、繰り返して、その反復として生きた。
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