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【ネタバレあり】マイティ・ソー ラブ&サンダー感想

7/8公開、マイティ・ソー ラブ&サンダーみてきました。

ファンはもちろん、初見でも滅茶苦茶楽しめますよ。「神話好き」な方は特に楽しめるかも。

・・・マーベルの映画って、色んな作品が絡み合ってて初見の方にはややこしいかもしれないけれど、「マイティ・ソー ラブ&サンダー」はそういうの気にせず単体で楽しめる映画です。「マイティ・ソー」単体として見ても4作目になるんだけど、映画冒頭にダイジェスト的な説明がなされるので心配無用です。女性や子供も大活躍するし、あまり過激な描写もないので恋人や家族とも十分に見れます。

ここからはネタバレありで語っていきます。

あらすじ

あらすじは、今作の敵となる「ゴア・ザ・ゴット・ブッチャー」の誕生から始まる。ゴアはラプーという神を崇拝していた。ゴアとその娘は飢えの最中、ラプーに祈り続けるが、娘は先に死んでしまう。ゴアは死の間際、ラプーの楽園にたどり着く。ラプーはゴアが信じていたような神ではなく、身勝手で、人間のことは微塵も思っていない。ゴアは神殺しの剣、ネクロソードに取り憑かれ、ラプーを殺害する。ゴアは「ゴット・ブッチャー」となり、神々に復讐を始める。

ソーはガーディアンズ一行と宇宙を救う旅をしていたが、ゴット・ブッチャーがアスガルドの仲間であるシフに危害を加えたことを知り、一行とは道を分かれることになる。

一方、地球ではジェーン・フォスターが登場。ジェーンはソーのかつての恋人であり、著名な科学者でもある。現在はガンに侵されており、病床に伏す毎日。様々な化学を試すが効果は得られず、最終的にバイキング神話にかかれている「ムジョルニアが肉体に健康を与える」という言葉に飛びつく。新アスガルドに足を運び、ジェーンは壊れたムジョルニアと対面する。

シフを助けたソーも新アスガルドに帰還。ゴアと対峙する中で、マイティー・ソーとなったジェーン・フォスターとも再開。
共闘するも、ゴアが圧倒し、新アスガルドの子どもたちを誘拐し姿を消す。ソー、ヴァルキリー、ジェーン、コーグはゴアを追うため地球を離れる。

途中、神々の助けを求めるため、ゼウスのもとを訪れる。ゼウスはソーの要請には応じず、交戦状態になる。結果、ソーはゼウスに勝利し、ゼウス暢樹であるサンダーボルトを手に入れる。

ソー一行はゴアのもとに辿り着くものの、敗戦し、地球に戻る。ジェーンはムジョルニアによって一時的な健康は得たが、奪われる体力のほうが大きく、ガンはより深刻な状態に。見かねたソーは単身で再びゴアのもとにむかう。

ソーは子どもたちに雷の力を与え、チームとしてともに戦う。しかし、やはりゴアが一手上回り窮地に陥る。胸元をネクロソードで突かれるその瞬間、ジェーンが駆付け形成逆転する。実質的にはソーたちはゴアに勝利したが、ゴアはなんでも願いを叶えることのできる「永久(とこしえ)」にたどり着いてしまう。

ジェーンはガンが深刻化し、死が間近な状態。ソーは敗北を認め、ジェーンに寄り添うことを優先する。ソーの腕の中で去りゆくジェーンをゴアは目の当たりにし、「神殺し」ではなく「娘の復活」を願う。

ゴアの娘はソーが預かる。子育てに苦戦する様子を見せながらも仲睦まじく、最後は二人で宇宙の危機を救う場面で幕を閉じる。

感想

全編通して豪快でありながら、ソーのセンシティブさが丁寧に描かれている。ヴァルキリーやコーグらのマイノリティー(同性愛)への言及がここまで明確に深く描かれたのもマーベル作品初ではないだろうか。

個人的に一番感じたことは神話に対するリスペクトだ。ソーはご存知の通り、北欧神話を下地にしている。ソーはそもそもスーパーヒーローではなく、れっきとした「神」である。

ソーはコーグの語りの中で、様々な名前で呼ばれる。各地を救い、伝説を残していく。その星や土地の神とソーは一体視されていくであろう姿はまさに神話そのものだ。
また、ジェーンの死後、新アスガルドにジェーン・フォスターの像がたつ。なお、ジェーンは、「レディー・ソー」でも「女版ソー」でもなく、「マイティー・ソー」を名乗り主張する。
これまでのソーの伝説やアベンジャーズとしての戦いは、マイティー・ソー(ジェーン・フォスター)の功績や像と習合していくのだろう。

神話性という意味では、終盤、ソーが子どもたちに雷の力を与えた場面も印象的だ。新アスガルドには出自様々な子供が存在し、全てがアスガルド人ではない。ソーが「今日はアスガルド人だ」と雷の力を与え全員で戦闘に趣く。
ソーはアスガルドの前王だ。ソーによる雷の伝導は、まるでキリストの洗礼かの如く。
この場面により、アスガルド人の定義が「血族ではなくアイデンティティ」になった。つまり、神と人の隔たりがアスガルド人の中では意味をなさなくなった。エンドロールでこどもたちが稽古をつけている場面があったが、前述のシーンにより、新アスガルドはアスガルドの正当な後継国である説得性が増すのである。
僕たちが新アスガルドに感じていた、即席感や、ごった煮感はこれにより払拭されたのである。


ゴア、ソー、ジェーンについて考えてみる。

まず、3人の共通点は神に裏切られたということだ。
ゴアは崇拝していたラプーに裏切られた。
ソーは尊敬していたゼウスに認められなかった。
ジェーンはソーと破局しており、ある意味での裏切りを受けている。

一方で3人の違いは
ゴアは神を復讐の対象とし、
ソーは神を超克の対象とし、
ジェーンは神を調和の対象とした。

そして、3人の結末は
ゴアは神(ソー)に娘を救われ、
ソーは神(ヘラクレス)から追われ、
ジェーンは神に認められる(ヴァルハラにたどり着く)。

このように、3人のロールは明確に分けられているものの、善悪に割り切れない行動論理と、コントロールが出来ない結末は、神話的であり、故に普遍的で、僕たちの人生そのものだ。


それと、最後にソーがムジョルニアを手にして敵陣に飛び込む場面。滅茶苦茶良かった。
ストームブレイカーを操るソーは「マーベルヒーロー ソー」だが、ムジョルニアを手にしたソーは「雷神ソー」っていう感じで、より神的要素が光る。ソーは神話からの借り物であることを示した場面だ。(これは完全に自分の思い込みだとおもうんですけどね)

おわりに

「マイティー・ソー ラブ&サンダー」は笑いもあり、バトルシーンは絵が映え、適役の弁舌はクドさがなく、本当にテンポのいい作品だ。また、映画の中のコントラスト(ガーディアンズとのビビッドなシーン、ゼウスの黄金の神殿や、ゴアのノワールな世界)はタイカ・ワイティティ監督らしさが全開だ。

一方で今回感想に書いたような綿密な構造。そしてマーベルシリーズとしてのストーリーの説得力やファンへの丁寧な回答。
「2以降、ジェーン何してるの」「こわれたムジョルニアどうすんの」「新アスガルドって実際どうなの」・・・とみんな思ってたはず。

全部が高い完成度で、違和感なくまとめ上げられていて、シンプルにすごいもの見てしまった、というのが正直なところ。

ソーやヴァルキリーの心情は、自分が追いついておらず。「ソー バトルロワイヤル」も合わせて改めて見直してみたい。





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