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映画「ポセイドン・アドベンチャー」1972年アメリカ

2024年の年頭に見ようと思っていた映画はこれに決めていました。

それは、この映画がちょうど元旦当日を舞台にしたパニック映画になっているからですね。
日本の元旦というと、「穏やかなお年始」というお祝いムードが常識です。
欧米諸国では、それよりもむしろ大晦日のカウントダウン・パーティの方がお祭りムードで盛り上がります。
本作では、このカウントダウン・パーティの真っ最中に、豪華客船に大津波が襲うという設定になっていましたから、主人公たちが転覆した船体の船尾に向かって必死の大移動をしていくスペクタクルは、実はすべて元旦の物語だったということになるわけです。

そして、この映画のDVDをデッキに入れて、いつものように自家製ポップコーンを食べながら、映画を見始めた直後に、スマホの警報アラームがけたたましくなり始めたのにはビックリいたしました。
関東エリアでは、震度1程度の地震でしたが、映画を見終わった後に久しぶりにテレビ・ニュースをみてみたら、石川県を中心とした日本海側の広い地域で、大変な地震被害が発生したことを知ってビックリした次第。
元旦災害は、映画の中だけでなく、日本では現実のものとなっていました。

この映画は、これまでにも何度か見ています。
これを初めて、映画館で見た時のこともハッキリ覚えていますね。
1973年の正月で、おそらく3日です。
正月休みには、家族で映画を見に行くいうのが、この頃の我が家のお約束でした。
映画のチョイスは僕に任せられていたので、この時は、迷わずこの映画にしたのを覚えています。日比谷の有楽座で見ています。
僕は、ちょうどこの頃から、一般洋画を見始めています。
サブスクライムもレンタルDVDもない時代ですから、映画はすべて映画館に行くか、テレビ放送ですね。
その年の正月公開洋画には、「ゴッドファザー」や「ゲッタウェイ」もありましたが、家族で見れる映画はこれだろうと思って父親に推薦しました。

思えば、僕が一般洋画を見始めたころは、アメリカン・ニュー・シネマが全盛でした。
当時の映画界をガチガチに縛っていたヘイズ・コードに反旗を翻すような、反道徳的で、反体制的な作品が、席巻していた時代です。
ハリウッド的「お行儀のいい映画」に若者たちはウンザリしていたというわけです。
しかし、こういう映画が世の中の主流になってきてしまうと、今度はお年寄りや、子供たちが付いていけなくなってしまいました。
セックスやバイオレンス、ドラッグにまみれた映画ばかりになると、若者たち以外は映画館にはいかなくなってしまったんですね。
こうして映画全体の興行成績が低迷しだすと、これはなんとかしないといけないと考えはじめたプロデューサーがいました。

それが、アーウィン・アレンという人。

Wiki してみるとこの人は、テレビドラマの「宇宙家族ロビンソン」や「タイムトンネル」をプロデュースしています。
彼はこう考えました。

「やはり老若男女問わず、誰もが楽しめる映画を作らないと観客は呼べない。」

そのためには、映画のエンターテイメント要素の総てを詰め込んだ作品を作る必要がある。
かつて、「七人の侍」を作った時のことを黒澤明がこう解説していました。
「ステーキの上にウナギの蒲焼きを載せ、カレーをぶち込んだような映画を作りたかった」
要するに、黒澤が目指したようなエンターテイメントのテンコ盛り映画を、アーウィン・アレンは、ハリウッドで製作しようと考えたわけです。

そのヒントになったのが、1970年に製作されて大ヒットしていた「大空港」という映画でした。
オールスター・キャストで製作されたこの映画は、雪の空港に不時着する飛行機のスペクタクルを描いたもの。
「ポセイドン・アドベンチャー」が、よくパニック映画の草分けと称されることがありますが、実際に草分けとなったのはこちらでしょうね。
「ポセイドン・アドベンチャー」は、パニック映画の草分けというよりも、むしろブレイクのきっかけとなった作品だったと思います。

アーウィン・アレンは、全世代対応型のエンターテイメント映画を作るに当たり、幅広い世代からキャスティングをしました。

まず、主役のジーン・ハックマンは、この当時まさに売り出し中。
「フレンチ・コネクション」で、アカデミー賞主演男優賞を獲得したばかりで、まさにブレイク中の人でした。
決して色男ではありませんが、気骨あふれるスポーツマンタイプのスコット牧師というのはまさに彼のキャラにピッタリ。

そして、彼と対立しながらも従うことになる、強面のロゴ警部にアーネスト・ボーグナイン。
この人も、1955年の「マーティ」で、アカデミー賞主演男優賞を獲得している名優です。
アカデミー賞俳優としては、もう二人います。

一人は、シェリー・ウィンターズ。
みんなのお荷物になりながらも、最後はスコット牧師を助けて死んでいく老婦人ベル役が彼女です。
この人は、「アンネの日記」と「いつか見た青い空」で、二度も助演女優賞を獲得しています。
個人的には、「陽のあたる場所」で、モントゴメリー・クリフトに殺されてしまう不幸な女の役が印象的でしたが、「ロリータ」や「狩人の夜」といったかなりキワどい映画にも出演している演技派です。

もうひとりは、レッド・バトンズ。
雑貨商を引退した、孤独な中年マーティンを演じました。
この人は、朝鮮戦争時の日本を舞台にした映画「サヨナラ」で、助演男優賞を獲得していますね。
「史上最大の作戦」というオールスター戦争映画で、彼が演じたのは落下傘部隊の一員として降下する兵士の役。
彼は途中で、教会の十字架に引っかかってしまい宙づり状態。自分の眼下で繰り広げられる戦場の地獄絵図を見下ろすという役でした。
これは、日曜洋画劇場で見たのですが、解説の淀川長治氏が「神の視線」と力説していのをよく覚えています。

これだけ強力な演技人を揃えた上で、さらに本作には、魅力的な女性陣が花を添えています。
まずお色気担当は、ステラ・スティーヴンス。
ロゴ警部の夫人リンダ役で、元娼婦というやくどころ。
彼女は、マリリン・モンローのブレイク以来、ハリウッドで量産されていたセックスシンボル系のナイスバディ女優ですね。
ドレスを脱ぎ捨てて、パンティに亭主のワイシャツ一枚というエロい姿で全編を通します。
スペクタクルに、分厚い人間ドラマ、ラブロマンス、音楽、合わせてエロ要素だって、立派に観客が喜ぶエンターテイメントの一つです。
当時の観客のオジサン世代を、彼女が一手に引き受けていたと思われます。

その正反対だったのが、当時バリバリのアイドル女優だったパメラ・スー・マーティン。
目のクリックリッとした、愛らしい容姿の女子高生スーザンが彼女の役どころ。
弟ロビンと一緒に、両親に会いに行くためにポセイドン号に乗船しています。
彼女も、リンダ同様、スカートを脱ぎ捨てて、ホットパンツ姿で健康的な美脚を披露。
若い世代の観客の熱い視線を一手に引き受けています。

そしてもう一人、この二人の中間にあたる年齢層のために、キャスティングされていたと思われるのがキャロル・リンレー。
彼女が演じたのは、船の雇われバンドの歌手ノニー。
常に恐怖におびえている繊細なキャラを演じていました。
こういうパニック映画には、こういう役回りは絶対に必要で、彼女のどこか頼りなげな佇まいはこの役にドンピシャリでした。

その他、ベル夫人の亭主役には、ジャック・アルバートソン。
そして「猿の惑星」のコーネリアス博士を特殊メイクで演じたロディ・マクドール。
ポセイドン号の船長を演じたのは「裸の銃を持つ男」で、ハチャメチャ警部補を演じる以前のレスリー・ニールセン。

こうして、お年寄りから子供まで感情移入できる役者を揃えたアーウィン・アレンは、スタッフ集めにも手を抜きません。

彼が監督に指名したのはロナルド・ニーム。
ネームバリューはイマイチですが、この人はもともと、あの名匠デビッド・リーンの下で働いていた監督です。
デビッド・リーンといえば、「アラビアのロレンス」「戦場にかける橋」「ドクトル・ジバゴ」といった超大作映画を世に送り出した大巨匠です。
その監督の下で、名だたる大スターたちをうまくコントロールして、大スペクタクルと厚みのある人間ドラマを演出していく手腕を目の前で学習していたのがこの人。
大作映画を熟知しているこの監督の手堅い演出は、まさに本作の監督としてどんぴしゃりでした。

そして、ポール・ギャリコの原作を大胆に脚色したスターリング・シリファントの脚本も見逃せません。
1967年の「夜の大捜査線」の脚本を書いたのがこの人です。
これだけの俳優たち一人一人に、それぞれの見せ場を与えながら、スペクタクル画面を繋げていく彼の脚本なしには、この映画の成功はなかったと思います。
後に、本作の大ヒットにあやかって、続編やリメイクは何本か作られましたが、正直どれもパッとしませんでした。
それは、明らかに、脚本の出来の差と言えると思います。

本作では、2部門でアカデミー賞を獲得しています。
一つは、視覚効果賞。
いまならさしづめ、CGをふんだんに使った画面構成になるところでしょうが、本作が作られた時代にCGや、今のようなVFXはありません。
すべて現物使用の実写撮影。
転覆するポセイドン号、燃え盛る船内セット、迫りくる海水などのすべては、スタジオに作られたセットで撮影されています。
天地が逆さまになった床屋やトイレのシュールな映像。
船転覆シーンには、膨大な製作費がかけられたそうですが、巨大なグランド・ピアノが落下するカットや、宙づりの人が下のステンドグラスにむけて転落するシーンは、双方とも実物なだけに圧巻でしたね。

もう一つは、歌曲賞。
これは、歌手役のノニーが、映画内で歌っている「モーニング・アフター」という楽曲に対して与えられた賞です。
しかし、彼女が映画内で歌ったのは、さわりの部分だけで、しかも実際は吹替で録音されています。
歌曲賞を受賞するに当たり、これでは人前で披露することが出来ないということで、急遽正式にレコーディングされました。
歌手に指名されたのはモーリン・マクガバン。
このレコードは、当時映画のサントラ盤として発売されて、大ヒットしていますが、このバージョンは、映画の中では使用されていません。
映画の内容をそのまま歌詞にしたこの楽曲のイメージが、あまりに鮮烈だったので、映画の最後のエンド・クレジットでつかわれていたとばかり思いこんでいましたが、この曲が正式なサントラでない事は、今回改めて確認できました。

そして、本作の映画音楽を担当したのは、あのジョン・ウィリアムスです。
それまでも、彼は映画音楽に携わってはいましたが、ジャズ系のインストゥルメンタルが多い人でした。
後には、「スターウォーズ」「インディ・ジョーンズ」シリーズにつながる壮大なオーケストラによるシンフォニーが彼の作風になっていきますが、その原点になったのがこの作品でした。
このメイン・テーマは、モーリン・マクガバンの「モーニング・アフター」のレコードのB面に収録されていましたね。
ちなみに彼女は、このヒットの功績を評価されて、アーウィン・アレンの次回作「タワーリング・インフェルノ」でも主題歌の歌唱を担当。
そしてこの映画では、彼女が実際に、主題歌をパーティ会場で歌うというご褒美シーンがありました。

というわけで、これだけのキャストとスタッフを集めて製作されたのが「ポセイドン・アドベンチャー」です。
全世代の観客が、同時に映画館で見て楽しめる映画を目指したアーウィン・アレンの目論見は見事に的中。
本作は、この年、「ゴッドファザー」と双璧をなす大ヒット映画となり、傾きかけていたユニバーサル映画を立て直すほどの興行成績を上げることになるわけです。

以降、1970年代前半は、本作が火付け役となり、莫大な製作費をかけたパニック映画が、落ち目のアメリカン・ニュー・シネマに対するカウンターパンチとして、映画界における一大ムーヴメントとなるわけです。

本作と、「タワーリング・インフェルノ」の成功で気を良くしたアーウィン・アレンは、調子に乗って、自身が監督も手掛ける「スウォーム」「ポセイドン・アドベンチャー2」を作りますがこれは大コケ。
パニック映画ブームは、70年代後半には、潮が引くように、一気に沈静化していきます。
この人には、人を集めるプロデューサーとしての才能はあったようですが、映画を作る才能まではなかったようです。

さて、元旦にこの映画を、改めて見直そうと思った訳が実はもう一つあります。

それは、この映画に対して、自分自身も、そろそろ正直な評価をするべきだと思ったことですね。

どういうことか説明します。

この映画は、中学生だった僕に多大な影響を与えた映画でした。
もともと文章を書くのだけは好きな少年でしたので、この映画のパンフレットは隅から隅まで熟読して、それをベースに、初めて映画コラムらしきものを書いたのがこの作品からだったのはよく憶えています。
自分は、ジーン・ハックマン演じるスコット牧師のような強いリーダーにはなれないけれど、このリーダーをサポートするマーティンのような役目ならこなせそうな気がする。
確かそんなようなことを大学ノートにつらつらと書いています。

それ以来、映画の魅力に取りつかれた僕は、小遣いを惜しげもなく映画鑑賞に費やすようになり、大学の五年間(通常より一年多いのがミソ)は、ろくに授業にも出ずに、アルバイトと映画鑑賞に明け暮れる日々を過ごすようになるわけです。
なかでも、本作のようなグランドホテル形式のオールスターの群像劇は、映画のジャンルとしては大好物になっていきましたね。

そして、いっちょまえの映画マニアを公言するようになると、黒澤明、小津安二郎、アルフレッド・ヒッチコック、スタンリー・キューブリックといった、マニア必見の映画に趣味がシフトしていきます。
同時に、映画史に残るような名作は、片っ端から見ていくようになるわけです。

ところが、これがクセモノでした。
これらの映画は、いろいろな評論家のコラムや、関連書籍などを読んだ知識から入ってしまっている可能性が非常に高いんですね。
つまり、ある程度の社会的、歴史的評価が定まっている作品を、そのリテラシーを持った上で鑑賞してしまうと、自分の感想も、知らず知らずのうちに、そちらに誘導されているということに気が付くわけです。

もちろんそういう映画鑑賞の方法もありだとは思います。
しかし、そうなってくると、実際に自分が心を震わせた映画よりも、社会的評価の高い映画に高得点をつけてしまうというようなことが起こるようになるわけです。
これが顕著だったのは、大学生時代でしたね。

例えば、スタンリー・キューブリックの代表作である1967年の「2001年宇宙の旅」。
この映画は今までにも、何度か見ていますが、正直言って「なにがなんだかわからん」というのが偽らざる感想でした。
それはキューブリックが、確信犯的にあえてそう編集しているのだということを、後に知ることになるわけですが、思えば完全に彼の術中にハマっていました。
この映画を、訳の分からないまま、その後もずっと「好き」「スゴイ」といい続けさせられてきたんですね。
反対に、号泣させられたにもかかわらず、「くさい」「陳腐」だといって、公式には評価してこなかった映画も数多くあります。

つまり、自分の感情に正直に向き合ってこなかったようなところがあります。

それから、映画の評価には、やはり年齢的なこともかなり影響があるように思います。
若い頃は、あれほど感動したのに、ある程度の年齢になって再見してみると、あの時の感動はいったい何だったんだろうと思うくらい冷めてしまう映画があります。
もちろんその反対も然り。
年齢を重ねて改めて再見すると、見過ごしていた良さが発見できたという作品もあるわけです。

つまり、その人にとっての「いい映画」というのは、その人が出会ったタイミングも重要な要素になります。
感動する映画というものは、ある意味では「出会い」の産物であるのかもしれません。

話が回りくどくなりましたが、本作「ポセイドン・アドベンチャー」は、中学生の時にはじめて出会って、あれだけ感動していたにもかかわらず、長らく自分の中では正当な評価はしていなかったなと気づくわけです。
どこかで、お金をかけて、オールスターで作った、お祭り的な災害映画を「好きな」映画として評価するのは憚られる気持ちがあったのでしょう。
そんなみえみえの感動に与するのは、映画マニアとしては、薄っぺらいぞということです。

いっぱしの映画マニアなら、広く大衆に認められた大ヒット映画よりも、もっと地味でも映画的価値のある作品を評価するべきだという変な「縛り」を、自分にかけてしまっていたことは否めません。これは大いに反省するべきでことだと、最近思うようになりました。

映画には、もちろんその映画がポテンシャルとして持っている普遍的な価値を内包している傑作も多くあります。
しかし、そうではなく、時代の空気の中で、その時の自分自身の状態と、一期一会の化学反応を起こして、強烈な印象を与えてくれる映画もあるわけです。
多くの人にとっては、なんでもない映画が、その人にとっては特別な意味を持つ映画になることだってあっていいと思います。

その意味で、自分が一番多感な頃に出会って、大きな感動と影響を与えてくれた本作には、そろそろきちんとした評価を与えてあげないといけないという気になってきたわけです。
そして、2024年の元旦に、改めて本作を鑑賞することで、そのことを改めて確認した次第。
やはり、本作は、僕にとっては外すことのできない映画史に残る大傑作です。
ただし、本作を初めて見た時に、感情移入をしたのは、レッド・バトンズ演じるマーティンであった事は前述いたしましたが、今年65歳になる自分が気になってしまったのは、ステラ・スティーヴンスの胸の谷間と白いパンティだったことだけは正直に白状しておきましょう。
残念ながら、映画を見る感性は、確実に劣化しているようです。

いままで、生涯見て来た映画の中で、自分が傑作だと思う映画に挙げてきたのは、およそ以下の通り。
「カサブランカ」「007ロシアより愛をこめて」「七人の侍」「2001年宇宙の旅」「第三の男」「卒業」「明日に向かって撃て!」「ゴッドファザーPart2」「サンセット大通り」
揃いも揃って、見事に映画史に残る傑作ばかりなのですが、中学生の頃には確実に入っていたはずの「ポセイドン・アドベンチャー」を、本日より再びチャートインさせることにいたします。

この映画は、今見ても掛け値なしに面白い。どちら様もぜひご覧あれ。

さてこうやって、本年度最初の映画ブログをかいているさなかにも、日本海側の地震と津波被害は広がっているようです。
まさに正月ムードもふきとんでしまう、突然の自然災害に、現地では数多くの人が被災されています。
自然災害はまさに、予期しないときに突然やってきます。
その時にどう行動するかで、人間の価値は決まるのだと思います。
映画の冒頭に、スコット牧師のこんな言葉があります。

「努力をしないものに、神は手を差し伸べない。」

テレビでは、被災地の映像が、途切れることになく流されています。
被災地の一日も早い復興と、被災された方の穏やかな日常が早く戻ることを願う次第。

被災地の方に対し、心よりお見舞い申し上げます。










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