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読書「葉桜の季節に君を想うということ」歌野晶午


21世紀になってからの、日本ミステリーはかなり盛り上がっているようです。
1970年代後半から、ピタリとミステリーとはご無沙汰になってしまった老人ですので、最新のミステリーで読むべきは何かを選ぶのには、読書系のYouTuberの推薦動画を素直に参考にさせていただきました。
ミステリーは好みもありますが、概ねどの動画でも推薦されていることが多かったものが本書でしたね。

「見事などんでん返し」
「絶対あなたも騙される」
「後味が最高」

概ね、そんな感想が多くを占めていましたが、内容の解説となると、どちら様も口が重いんですね。
登場人物のキャラ紹介さえ言及しない方が多い。
ふむふむ。それくらいデリケートなトリックなのだろうとこちらも構えます。
そして読了してみれば、その理由は確かに納得。
作者にとっても、これは一生に一度しか使えないトリックですし、これを読んでしまった人も、よほどの創意工夫が見られない限り、誰かが同じトリックを使うことは許さないでしょう。
その意味では、アガサ・クリスティの「アクロイド殺人事件」や「オリエント急行殺人事件」に匹敵するトリックかもしれません。

さて、どうやって本書のレビューを書くべきか。
ミステリー小説の紹介ですから、ネタバレ厳禁は承知いたしております。
このブログでも、もちろんトリック暴露をするつもりはありません。
ラストのどんでん返しのカタルシスを確保するために、作者も本書を執筆するにあたっては、冒頭から最新の注意を払っていたことは想像に難くないので、読書レビューにもそれくらいのエチケットは心がけることにします。
その意味では、読んだ方以外にとっては、少々まどろっこしいレビューになることはご容赦ください。

まず作者は、すでにこのタイトルから仕掛けて来ていますね。
ここから作者のトリックは始まっていますのでまずはご注意を。
「葉桜の季節に君を想うということ」
もちろん、僕はこれがミステリーであることを知ったうえで読んでいます。
でも、本屋でこのタイトルだけを見つけたとしたら、果たしてミステリーと思うか。
まず、普通考えれば、少々リリックな大人のラブ・ストーリーかなと思ってしまいます。
本屋の棚でしたら、著者のその他の作品と一緒に並べられているかもしれません。

「長い家の殺人」「白い家の殺人」「動く家の殺人」「密室殺人ゲーム2.0」「安達ヶ原の鬼密室」
以上は作者のミステリー作品ですが、確かにこれらの作品と一緒にならんでいたら、おや、これも作者新手のミステリーかなくらいは思うくらいでしょうか。
少なくとも、このタイトルからは、実は、かなりグロテスクな死体描写が含まれる作品とは思いもしないでしょう。
その意味では、本書はタイトルから、読者をだましにかかっているいっていいでしょう。

物語の冒頭がこうです。

「射精した後は動きたくない。相手の体に覆いかぶさったまま、押し寄せてくる眠気を素直に受け入れたい。」

僕のようなスケベジジイになれば、これくらいアダルティな描写はウエルカムで、おもわずニンマリですが、このタイトルからのイメージのみで本書を購入したうら若きお嬢さんがこのオープニングを読んだとしたら、やはり普通に眉を顰めるのではないでしょうか。

まるで、アメリカのタフな私立探偵を主人公にしたかなりマッチョなハードボイルド小説です。
僕は根っからの映画マニアですので、小説を読むときには、自然と頭の中で、これまで見た映画のシーンを素材にした自作映画を、自動的に脳内編集して読み進めていきます。

主人公成瀬将虎は、出会い系サイトで知り合ったこの女と別れるときに、金をせがまれて悪態を吐き捨てます。
愛のないセックスが日常化している、そこそこ女にはモテそうなヤングアダルト。
主人公の想定は、若き日の椎名桔平か、悪くても中村獅童。
名前のイメージでは、もっと年上の可能性もあり。

将虎は、冒頭の描写ではこんな男です。

「俺の腹筋は六つに割れている。ベンチプレスは八十キロは軽い。・・スクワットにデッドリフトと、二時間近くは筋肉をいじめただろうか」

「俺の愛車はミニ。BMWの手に渡った新生ミニではなく、オースチン・ローバーのミニ・メイフェア。」

なるほど、ここまでくると、松田優作や原田芳雄もありか。
僕は小説を読む時には、手元に必ずiPhoneを置きます。
これは、こんな具合に自分の脳内では再生できない単語に出くわしたときに、必ずその単語の画像検索をして、脳内ビジュアルの解像度を上げていくようにしていくわけです。
というわけで小説冒頭では、新しいビジュアル情報があるたびに、想定キャスティングは目まぐるしく変わっていきます。

小説冒頭で登場する、将虎の後輩である芹澤清は、こんなキャラクターとして描かれています。

「スキンヘッドに、ペイズリー柄のバンダナを巻いた、如何にも癖のありそうな男」

「こいつは顔に似合わぬ軟弱物者で、エアロバイクをちんたら漕ぎ、女に混じってジャズダンスをすることを喜びに感じている」

僕のイメージでは、若き日の火野正平。もしくは、濱田岳。申し訳ありませんが、脳内ではお二人ともスキンヘッドになってもらいます。

そして、二人の関係についてはこんな一文が出てきます。

「やつは今現在都立青山高校の生徒で、俺は同校のOBなのだ。」

おっと、キヨシは高校生か。ということは、七歳年上だという将虎は、最年長でも25歳というわけね。
よろしい、キャスティングはまた変更。では、菅田将暉あたりにしときますか。
申し訳ない。高校生俳優は、爺にはちょっと思いつきません。ジャニーズ系の誰かということで。

さて、主人公コンビのイメージが固まってくると、次はヒロインです。

キヨシが密かに憧れているフィットネスクラブのメンバー久高愛子が、身内の不審死の調査を将虎に依頼するところから、この物語はスタートします。

愛子の描写はこんな感じ。

「淡い緑のノースリーブの上に、レースのカーディガンを羽織り、鍔の広いストローハットをかぶっている」

「いかにも良家の娘らしい。なにしろ親子三代聖心という血統書付きだ。」

さて、こう描写されると脳内シアターの女優のキャスティングは、そう戸惑いません。
僕のイメージする限りでは多部未華子か、もしくは有村架純でしょうか。

そして、もう一人、主人公将虎と微妙な恋愛関係になる謎の女麻宮さくら。
二人の出会いは、地下鉄構内で、飛び降り自殺を図ったさくらを将虎がすくったところから始まります。

彼女に関しては、こんな描写があります。

「身長は百五十センチ足らず、体重は四十キロ程度か。髪は明るめの茶色。左胸と右腰に赤いハイビスカスがプリントされたノースリーブの白いワンピース」

「顔は小ぶりな卵型、色は小麦色、額は広く、眉は細くきりっとしている。・・・髪にはきつめのパーマ・・」

さて、さくらは低身長というはっきりとしたビジュアル・イメージがあるので、思い浮かんだのは、もとミニモニ。(古いか)の加護亜依か、矢口真里をもう少しアダルトにした感じでしょうか。
本書には、二人のラブシーンは、ライト・キッスくらいまでしか出てこないのですが、個人的趣味としては、主人公に絡むヒロインは、セックス・アピールがあってほしいという思いがあるので、お気に入りの低身長セクシー女優の奥田咲も候補に入れさせてもらいましょう。

この主要キャストが出そろったところで、本作では唐突に、金銭感覚が欠如し、クレジットで首が回らなくなる70歳の主婦・古谷節子が登場します。
彼女は、次第に霊感商法詐欺会社・蓬莱倶楽部の餌食になっていき、物語はやがて殺人事件へと・・

さて、このキャスティングは、どうしましょうか。
おばあさん俳優に特にこだわりはないのですが、この節子は本作の中ではかなりのキーパーソンになります。
なかなかヘビーなシーンもこなすキャラクターですので、ここは演技派が求められるということで、今は亡き名優樹木希林をキャスティングしましょうか。

そして物語は、一気に時代をさかのぼって、将虎が高校を卒業後、入社したばかりの探偵事務所の仕事で、暴力団に潜入した冒険譚が語られ、後にパソコン・スクールの講師になった時の教え子、安さんとの友情物語が折り重なってきます。

ところが、節子のシークエンス同様、これらには一見なんの関連性もないので、読み進めている方は、「おい、大丈夫か。こんなに風呂敷を広げてしまって。この物語は収束するのか」とだんだん心配になってくるわけです。

ところが・・・・

この多重な時空に配置されたレイヤーが次第に微妙にもつれ合って、やがて有機的に一つにつながってくる経緯が、まさに本作の見せ場になっていくんですね。

これはお見事でした。

ミステリー小説を読む者の本能として、どういう展開になろうとも、小説のラストでは、やはりこの悪徳社蓬莱倶楽部が崩壊されるはずだ。
主人公のタフガイは、魅惑のヒロインと、熱いキスの一つも交わしてエンドマークのはずだ。
バッドエンドなら、敵の魔の手によって殺されるヒロインを、主人公が看取るのもありか。

しかし、僕のような素人ごときが予測するどの展開もないということだけはお伝えしておきましょう。
そして、もしもミステリー小説を僕と同じように楽しもうとするご同輩がいたとしたら、あなたのキャスティングによるその脳内映画は、完全に破綻するということだけは、申し上げておきたいと思います。
ちなみに、本ミステリーで、僕が脳内キャスティングした俳優たちも最後は全員茫然自失。
みんな揃って天を仰いでいましたね。
自分が物語を読み進めていきながら、脳内上映していたミステリー映画を、読了寸前で崩壊させられるショックを快感とおもえれば、本作は間違いなく大傑作のはずです。

読了した瞬間、騙されたことに納得のいかない読者は、絶対に本書をはじめから読みなおすはず。
そして、完全にやられたことを理解してはじめて、作者に拍手を送る人も多いと思います。

小説でしか成立しないトリックに、映画オタクは完全降伏です。

どう? ネタバレにはなってませんよね。



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