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題名で損してる小説ランキング第一位(私調べ)『ゴリオ爺さん』を語る

(※トップ画像は古典教養文庫版の『ゴリオ爺さん』表紙より借用しております)

こんにちは、スジャータです。
みなさま、『ゴリオ爺さん』という小説をご存知でしょうか?

かのフランス文豪バルザックの代表作であり、
サマセット・モームの選ぶ「世界の十大小説」にも選ばれている、欧米ではめちゃくちゃ有名な作品ですが、日本人で読んだことのある人は少ないのではないかと思います。

なぜかというと、やっぱり、題名がめっっっちゃつらまらそうだからだと思うんですよ。(好きな人はすみません。)
なんか辛気臭い。

いや、どうせ読むならさ、「人間失格」とか「大いなる遺産」とか、なんかこう、グッとくる題名の方が良くない??

少なくても私はそう思ってました。
でも、たまたま読んでみたら、それがもう、めちゃくちゃ面白くて。息もつかせぬ展開、次々出てくるヤバい奴、かっこいい台詞回し…
ねえ、なんで教えてくれなかったの?

ということで、私の脳内調べ、題名で損してる小説ランキング第一位『ゴリオ爺さん』について語りたいと思います。
これを読んで少しでも興味のある人が増えてくれれば嬉しいです。


想像のあらすじ

ここで、私が読む前にうっすら抱いていた『ゴリオ爺さん』のあらすじを皆様に共有しようと思います。

パリ郊外の小さな村に、ゴリオ爺さんというお爺さんがいました。
お爺さんは、働き者で誠実でしたが、いつも貧しく、村の人々からは、軽んじられていました。
ゴリオ爺さんは、それを知ってか知らずか、常に微笑んでいました。
ある日、村の人は、ゴリオ爺さんが粗末なベットで冷たくなっているのを見ました。ゴリオ爺さんは、相変わらず満足そうに微笑んでいました。
それを見て、村の人たちは、なんか色々考えたのでした。

つまんな!
どうしても読ませたいなら、国語の教科書に入れといてくれる?

本当のあらすじ

読み終わった後にわかった、本当のあらすじです。
編集者のつもりで書いてみました。

時は19世紀初頭。魑魅魍魎が渦巻く街、パリで、貴族の頂点に立つ美しい男がいた。その名はラスティニャック。
彼は如何にしてその地位を手に入れたのか。

地方の没落した貴族の出身である彼は、パリ大学に通う傍ら、下宿先で知り合った成金商人のゴリオ、脱獄囚のヴォートランらと関わる中で、上流階級への執着心を強めていく。
司法界でのささやかな出世、パトロン女性を踏み台にした社交界での成功、或いは殺人を見逃す報酬として手に入れる豊かで安穏とした生活…
果たしてラスティニャックが選ぶのはどの道か?明日はどっちだ!?

バルザックの描くパリ人間喜劇、エピソードゼロ『ラスティニャックの野望』、ここに開幕!

まてまて、そもそもゴリオ爺さん主人公じゃないんかい!?
そうです、「ゴリオ爺さん(の過剰な父性)」はあくまで主題。バルザックの書くパリ群像劇の主要人物の一人であるラスティニャックの青年時代にフォーカスを当てた、立身出世物です。

どうです、面白そうじゃないですか?

アクの強い登場人物たち


さて、ゴリオ爺さんの最大の面白さですが、個人的には「出てくる人間、みんなヤバい」ことだと思います。
北野武監督「アウトレイジ」のキャッチコピーは「全員悪人」でしたが、ゴリオ爺さんも同じキャッチコピー使っていいと思う。

ラスティニャック:「イケメン無罪」を地で行く男


当初はパリ大学法学部に通う真面目な学生だったのに、「あれ、真面目に勉強して就職するより、金持ち女の愛人になって社交界入りした方が良い暮らしできるんじゃない?」と気付いてしまったのが主人公のラスティニャック。顔の良さ、育ちの良さ(爵位)、頭の良さ、謎の愛され力を駆使して、上流社会に入り込みます。
現代の日本って言うほどイケメン有利かな、と思うのですが、この作品のラスティニャックは顔が良いことで確実に得をしています。
遠縁の親戚で高位貴族であるボーセアン子爵夫人に気に入られ、ゴリオ爺さんの娘で財産持ちのニュシンゲン男爵夫人に惚れられるのは非常に大きいですが、ゴリオ爺さん、ヴォートラン、下宿先の主であるヴォケー夫人など、下宿の皆んなにもがっつりチヤホヤされているので、金目当てで下宿内二股(みたいなもの)をやりかけたことも有耶無耶になります。
普通総叩きにならない?イケメンだからってみんな甘すぎない??

ゴリオ爺さん:娘への執着がヤバい男

ゴリオはヤバい、マジで。新種の怪物だろ。
役どころとしては、「派手な生活を好む娘たちに金を注ぎ込んだ結果、製麺業で成した財をすべて失う男」なのですが、そんじょそこらの親バカとは凄みが違います。
娘たちの持参金に財産のほとんどを渡して、カルチェラタン、日本で言う神田の下宿のようなところで慎ましく暮らしているのですが、娘たちに文字通り身ぐるみ剥がされて、どんどん坂を転がり落ちていきます。これだけ聞くと娘たちの方がヤバいのですが、読んでる側としては、娘たちに蹂躙されることを至高の喜びとしているゴリオの方がずっとヤバい。

ヴォートラン:ラスティニャックへの執着がヤバい男

断言します。19世紀パリの腐女子のあいだでは、ヴォ×ラス本、ラス×ヴォ本が大量に出回っていたに違いありません。
一見裕福な商人、実は脱獄囚であるヴォートランは、ラスティニャックの金銭への執着を見抜いて「俺の殺人を見逃してくれたらお前にあいつの遺産が入るように手配してやる」という主旨の甘言を弄するのですが、それが妙にねっとりしていて、罪の意識を共有することで、ラスティニャックの心に消えない楔を打ち込みたいという暗い欲望が見え隠れします。
こいつ脱獄囚のクセにいい趣味してるな。
なお、ヴォートランは別の作品でもイケメンに声を掛けているので、若い美男子が好きなのは公式設定です。

注意点

妙に細かい金銭描写、カッコいい決め台詞、みんな大好き舞踏会シーンなど、語りたいことはまだまだあるのですが、思いのほか長くなったので割愛します。

さて、ここで一つだけ注意点です。
あらすじに「魑魅魍魎が渦巻く街、パリで」と書きましたが、ここで冒頭4分の1くらい使ってます。作者の意図として、描きたいのは個々の人間ではなく、パリという街とそこに集う人々の欲望である、という思いがあるのだと思いますが、娯楽作品として読む場合は冒頭部分は適当に読み飛ばして、「下宿屋ヴォケール館」が出てきてから本腰入れるのがオススメです。

おすすめのアンチョコ本

さて、そうは言っても長編小説、特に現代物ではない小説を一から読み通すには体力が必要です。
ということで、読む助けになりそうな本やコラムを集めました。

「馬車が買いたい!」鹿島茂


この本を読んで、ゴリオ爺さんに興味が湧きました。副読本として必須。
特に、19世紀パリ貴族の台所事情を事情が丁寧に解説されているので、これを読むと、ラスティニャックが何故無茶な手段で社交界に入り込もうとしているのか、即ち「日本で言えば東大法学部在学に相当するエリートなんだから、素直に就職して出世街道歩めばいいんじゃない?」という読者の疑問が氷解します。


コラム「『ゴリオ爺さん』の訳者・中村佳子さんに聞く」

全文同意。というか私の記事を見るよりこっちを読んだ方が早いです。
個人的には、中村さん訳の方が読みやすいですが、時代がかった大仰な決め台詞が読める旧訳も捨て難いと思ってます。
最後のセリフ、「行くぞパリ、俺とお前の大勝負だ」なんて、少年漫画みたいでカッコいいですよね。

「源氏の男はみんなサイテー」大塚ひかり

個人的に、源氏物語の舞台、すなわち11世紀の日本の貴族社会と、本作の舞台、すなわち19世紀のパリ社交界はかなり似ていると思ってます。
愛だの恋だの言いながら結局は持参金目当ての結婚とか、若いイケメンが無双できる社会構造とか、時代の転換期で名誉はあるが金のない貴族とその逆の新興階級が互いを疎ましく思いながら利用する様とか。
その辺りに興味のある方は、上記に加えてこちらも併せて読むのがオススメです。

「あたらしい近代服飾史の教科書 衣装の標本で見る、着るものの歴史と文化」長谷川 彰良

この辺りになると私の趣味なので関連度は低いですが、登場人物の住んでる街や着ている衣装を見ると、理解度が深まると思ってます。

先日、19世紀を中心とした時代物の衣装を見て触れられるイベントに行ってきたんですよ。いやぁ、良かった。
衣服を直に見ると、19世紀パリの伊達男達は現代の女性並みに体型維持に気を遣っていたのだろつな、とひしひしと感じました。

まとめ

いかがでしたか?
『ゴリオ爺さん』が地味な題名にはそぐわない、面白い小説ではないかと、少しでも興味を持っていただけたら幸いです。
それでは!


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