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生きるほどに膨らむ言葉たち。


「楽しかったな。」

ずっと気になっていた女性と初めて遊びに行った。普段と違う服装やメイクに少しどきどきしていつものように話せなかった。
映画を観て、初めて台湾料理を食べて、カフェで名前の知らない飲み物を2人で頼んだ。行きたかった店は閉まっていたけど、すぐに気持ちを切り替える君の笑顔に心が軽くなる。君とならどんなトラブルも、初めてのことも、楽しいイベントになるなって思った。また遊びに行きたいねって言い合って家路についた。

「楽しかったな。」

いつものように待ち合わせをして、車に乗ってカフェに行った。もうすぐ職場環境が変わるなぁ、なんて他愛もない話をした。そういえば、もう桜が咲いてるんじゃないかなっていくつかの公園を回って、ひとつの広い公園にたどり着く。たくさんの桜が綺麗に咲いていた。そこでは、たくさんの人たちが楽しそうに遊んだり、散歩したり、好き好きに過ごしていた。桜を見つめる君はどこか少し寂しそうだった。
帰りの車で別れ話をした。もう2人で会うことも、こうして話すこともないんだなって思って2人で泣いた。少し早いけど誕生日プレゼント渡しておくね。彼女にもらった最後のプレゼントだった。

「楽しかったな。」

町全体が少しずつ暖かくなってきて、花粉症が春の訪れを告げる。同じ町に住んでいることもあり、時折彼女を見かける。あぁ、そうか、もうあれから一年経ったのか。彼女の笑顔を見て苦しくなった。一年前までは彼女の一番の理解者は僕だって思っていたけれど、今は彼女の笑顔の意味さえ知り得ない。あの道を歩くたび、君と歩いたことを思い出す。あの店に行くたびに、君と話したことを思い出す。どこもあの日のままのようでいて、彼女の姿だけがどこにもない。

「楽しかったな。」

その言葉に宿るのは、純粋な幸せか、寂寥感か、懐かしさか、空虚さか…。
文脈が、経験が、言葉の色合いを変えてゆく。

生きるほどに膨らむ言葉たち。

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