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『将国のアルタイル』があと数話で完結するらしい

 本当に終わるんだ……。

 約6年前、推しの趣味が近しいTwitterのフォロワーに勧められてそのままハマった『将国のアルタイル』。ラスボス戦が終結し“最終章”と銘打たれたパートが始まって一年ほど経つが、いよいよ本当に最終回を迎えることになるようで大変感慨深い。

 同作は「月刊少年シリウス」で2007年から連載されていたファンタジー戦記物の少年漫画であるが、掲載誌がメジャーでないせいか各書店に対するコミックスの配本が少なかったらしく、「新刊が書店で見つからなかった」と嘆く声を見かけることがしばしばあった。せっかくなのでこの機会に「将国のアルタイル」を読み直し、好きなポイントを振り返ってみようと思う。

緻密で絢爛な作画

 将国のアルタイルと言ったらまずコレである。とにかく画面が緻密で美麗。デジタル作画全盛のこの時代に、すべて手書きだという。ちなみに筆者は2017年11月に開催された原画展(東京 / 新潟)に足を運んで原画の写真を撮った(写真撮影OK、SNSへのアップロードもOKの原画展だった)ので、この機会にご紹介する。

ヴェネツィアをモデルとしている海の都

 ファンタジー物なのだが、建築・服飾は概ね中東やヨーロッパ各国にかつて実在したものを踏襲している。なのでそういった意味では特段のオリジナリティーがあるわけではないのだが、これをここまで描くのにどれだけ観察眼と画力がいることか。
 個人的には物理書籍よりも取り扱いのしやすい電子書籍を好んでいるものの、「将国のアルタイル」に関しては雑誌に掲載されたアナログの画風を大画面で楽しめるのもとてもよい。

バルトライン帝国軍の侵攻を、無数の人間が合体したかのような怪物として表現している
一般的にアニメや漫画において馬の作画コストは高いという

 とにかく原画が圧巻で芸術の域なので、原画展が開催するようなことがあればぜひ見に行っていただきたい。話を知らなくても絶対に楽しめる

キャラクターの表情の描写に苦労したであろう痕跡が……
「将国のアルタイル」の世界で標準的に使われている船舶はガレー船

 主人公のマフムートやライバル役のザガノスをはじめ、美男美女がメインキャラクターに多いわけだが、美男美女に類さない人々やモブキャラクターの描き分けもすごい。というかむしろキャラクターデザインはきちんとしている反面、名前をつける方で苦労されているのでは?と思われるテキトーなキャラクター名がチラホラ見える(アロイス・ロイスとかギルベルト・キルヘルとかさぁ……)。

少年はやがて為政者となる ~成長物語として

 主要な舞台のひとつとなる国家「トルキエ将国」は、将国という架空の政体によって国家運営がなされている。家格や財産にとらわれることなく個人の能力によって選出される「将軍パシャ」と呼ばれる有能な官僚たちが政策を討議し決定する合議制である。取りまとめ役として「大将軍ビュラク・パシャ」がいるものの、彼に専制的な特権はない。
 主人公のマフムートはこのトルキエ将国の最年少将軍パシャである。文にも武にも秀でており、戦争で全滅させられた村の孤児という生い立ちから、平和を希求する思いが強い。いかにも理想的な主人公らしさを備えており、ともすれば個性が薄いようにも思われるマフムートであるが、序盤の空回りっぷりがなかなかすごい
 友人が守将を務める町の反乱の芽を摘むために単独で地方に赴き、なんとか反乱を治めはしたものの、反乱はその友人が公より私情を優先させた結果大ごととなったものと判明し、友人は責を問われ懲罰会議にかけられることになる。マフムート本人も私情を優先させた単独行動を咎められ、せっかく手に入れた将軍の地位を取り上げられる。ライバルにあたるザガノス将軍からも相手にされない。各地を見聞して仲間やコネクションを増やすはいいが、肩入れした都市国家は大国に攻められ滅亡してしまう。いいところがまるでなく、味方の厚意や政治的事情によってなんとか救われる。
 だが、それらの経験の中でマフムートは知る。戦争は一人の力で止めることはできない。さまざまな条件を備えたさまざまな国が存在する限り、戦争は必ず起こるもの。だがその被害を最小限に留めることはできる。マフムートはザガノスや他の政治家たちを見習って感情的な行動を慎み、仲間を増やし、広い視野と合理性を備えた将軍として成長していくのだ。

 そのようなわけで、主人公が本格的に活躍するのは序盤を少し過ぎたあたりからということになる。タイムパフォーマンスが重視され、漫画読者の間でもいわゆる”一話切り”が浸透した2020年代であるが、「将国のアルタイル」を手に取る際には、どうか気長にマフムートの成長を見守っていただきたい。
 筆者も「え、この漫画おもしろ……ページをめくる手が止まらんぞ!?」という衝撃を受けたのは、5巻に入ってからである。かといって最序盤のマフムート諸国巡遊譚がまったくのムダでつまらない話なのかというとそういうわけではない。後から読み返すと、彼らの暮らしと世界についての説明が着実に積み上げられ、マフムートが後に活躍するための布石を打ってあることがよくわかる。作者のカトウコトノ氏はこれで初連載だというのだから末恐ろしい。

国家主体の群像劇

 作中では主人公マフムートが“トルキエ将国”に属し、ルメリアナ大陸全土の覇権を狙う“バルトライン帝国”と戦う様子が描かれるが、登場するのはこの二か国のみではない。トルキエ将国の衛星国家にあたる“四将国”のほか、ポイニキア共和国、海の都ヴェネディック共和国、ウラド王国、花の都フローレンス共和国等多種多様な国家が存在し、その多くはごく小規模な都市国家である。マフムートはこれらの国家を糾合し、反帝同盟としてまとめ上げる。つまり構図はバルトライン帝国 vs トルキエ将国をはじめとする多国籍軍である。

「国家とは、その国の置いた環境に最も適した形になります」

「将国のアルタイル」45fasil 北国の岐路(9巻収録)

 こちらのマフムートの言葉に象徴されているように、物語に登場する個性豊かな国家群は、それぞれの地形や環境によって異なる性質を持つ。この作品においては、国際政治を地理的条件によって論ずる、いわゆる地政学の要素がかなり強いと言っていい。
 マフムートは上記の言葉の後に、ウラド王国と海の都ヴェネディック共和国を例に出す。ワラキア公国をモデルとするウラド王国は、峻険な山々に囲まれた地形と騎兵によって他国の侵略を阻んだ過去から、四百年もの間鎖国体制を敷いた。一方でヴェネツィア共和国をモデルとする海の都ヴェネディック共和国は、塩と魚しか産出しない貧弱で狭小な国土を飛び出して海洋貿易に活路を見出し、商業国家としての歴史を築いてきた。

 なお、それぞれの国には、国家そのものを擬人化したような国家元首キャラクターがいる。国家の擬人化というと、日丸谷秀和氏の「Axis Powers ヘタリア」を思い出す人も多いだろう(「ヘタリア」は2006年からWebで発表、「将国のアルタイル」は2007年連載開始なので時期も近い)。「ヘタリア」はエスニックジョークで語られる国民性をキャラクターに落とし込んだ作品であるのに対し、「将国のアルタイル」の国家元首たちはそれぞれの国の成り立ちと歴史を根拠とした性格を内包している。彼らは国を守るために――商売のために、国防のために――政治と外交を行うが、存亡を賭けた彼らの駆け引きはいずれも緊張感があって興味深い。ルメリアナ大陸の諸国家の外交は、国家主体の群像劇なのである

 地政学的観点は、もちろん主人公の宿敵に相当するバルトライン帝国にも適用される。
 架空の物語において、“帝国”を標榜し皇帝を推戴する大国は、どうしても他国を侵略する悪役に置かれがちである。「将国のアルタイル」の物語においてもそうで、バルトライン帝国の筆頭宰相ルイ大臣は物語の最序盤からトルキエ将国やポイニキア共和国を軍事的に攻め取ろうとし、マフムートはその侵略に抵抗する立場として活躍する。
 では、なぜ“帝国”は他国を侵略するのか。その答えを「将国のアルタイル」ではこう指摘している。やはり45fasilから引用する。

「農業・牧畜を生業としそれ故に土地に価値をおく平原の軍事国家バルトラインは、侵略に向かう宿命を持ちます」

「将国のアルタイル」45fasil 北国の岐路(9巻収録)

 農業・牧畜を生業とするものの、豊かな土地が少ないバルト地方の人々は、豊かな土地を他者から奪って自分のものとするか、できるだけ広大な土地を自分のものとしなければならない。
 物語の終盤でマフムートらトルキエ将国は帝国を滅亡させることに成功するが、そもそもの戦争が起こったきっかけであるバルト地方の貧困を解決しなければ、大陸に真の平和は訪れないのだ

「俺たちってさ、盗賊の集まりみたいだよな……。食べ物をたくさん作るより……、他の国から奪い取るほうを選ぶんだからさ。だけどさ、しかたがないよなあ。それしか食べてく方法がないんだ……。その替わりに、俺たちは……、強くあるための努力はしてきた……! こいつらだって、奪われるのがそんなに嫌なら、自分たちの力で守り抜いたらよかったんだよ!! そうだ……、そうだよッ! 俺たちは何も間違ってない!!」

「将国のアルタイル」73fasil 犬鷲の追撃(14巻収録)

 引用したのは、トルキエとの決戦に敗れて撤退するバルトライン帝国の一兵士の言葉。帝国という国のしくみの歯車として生き、死んでいく一般人の悲哀もまた活写されており、とても興味深く感じた場面だ。

 国家の群像劇と書いたが、もちろんキャラクター個人の描写も大変おもしろい。先に書いたように、「人情で動いたら負け(死)」の世界であることから、理性的に行動する為政者のキャラクターが多い。だが同時に、彼らが行動の裏で抑制している感情の機微や葛藤を読み取れたとき、読者にとって最高に楽しい瞬間が訪れる

 またおそらくカトウ氏の構成力の賜物と思うが、キャラクターごとの過去の回想を作品中に無理なく取り入れるのが抜群にうまい。長期連載中の漫画では、重要キャラクターの過去を単行本1巻分連載することもままあるが、「将国のアルタイル」ではそれがほとんどない。あくまでも現在進行中の事件を主軸としつつ、過去の情報をするりとインストールできるのは、やはり“漫画がうまい”としか表現が思いつかない。

ユーラシア大陸の豊かな歴史と文化の表現

 作者のカトウコトノ氏は大学時代にトルコ史を専攻されていたそうで、その研究成果をふんだんに生かしてオスマン=トルコをモデルとするトルキエ将国を主たる舞台として描いていることにも納得がいく。
 ほかにも帝政フランスと神聖ローマ帝国をごった煮にしたようなバルトライン帝国に加え、ヴェネツィア共和国をモデルとした海の都ヴェネディック共和国、ワラキア公国をモデルとしたウラド王国についてもすでに述べた。そのほか、花の都フローレンス共和国はフィレンツェ共和国、天上の都チェロ共和国はサンマリノ共和国など、「この国はあれがモデルかな」と推察できる箇所があるのは楽しい。

 また、トルコ史のみならず、世界史のエッセンスを様々に取り入れているのも特筆に値するだろう。
 個人的に興味深いと感じたのは、作中で篭城戦が描かれる回数が比較的多いことだ。オスマン=トルコ×篭城戦という要素から、コンスタンティノープル陥落を連想する人は多いだろう。カトウ氏はこのコンスタンティノープル陥落から着想を得たと思われる篭城戦を、換骨奪胎しながら三度描いている(第一次ポイニキア戦争・城壁の町ミュールの戦い・金色の町アルトゥンの戦い)。特に第一次ポイニキア戦争は、ポイニキア陥落をわざわざ"帝国暦453年5月29日”と設定する念の入れようである(史実のコンスタンティノープル陥落は1453年5月29日だ)。
 オスマン=トルコ帝国の兄弟殺しの慣行は有名だが、これは四将国編で採り入れられている。海洋貿易国家の覇権を競うヴェネツィアとジェノヴァの二か国の姿海の都ヴェネディック共和国と島の都リゾラーニ共和国の争いに仮託されているし、時代としては現代史に属するものの、ナウル共和国で大いに採掘されたというグアノ※のエピソードもウラド王国編で登場する。

※グアノ=海鳥やコウモリ、アザラシの糞などが長期間堆積して化石化したもの。肥料資源として活用される。

 ちなみに、「中東史・西洋史は詳しくないからな~」という方は、外伝にあたる「将国のアルタイル嵬伝 嶌国のスバル」はいかがだろうか。こちらは「将国の~」と同じルメリアナ大陸の遥か東に位置する「日薙嶌国」の戦乱を描いており、要するに日本を中心とした東アジアをモデルとした架空の国が舞台になっている。「嶌国の~」単体だけでも楽しめるが、「将国の~」に登場した"東弓シャルクヤイ"(=火縄銃)のルーツにもまつわるので、「将国」世界観の広がりを感じられるコンテンツである。こちらは全7巻で完結している。

余談

 トルキエ将国や海の都ヴェネディック共和国への憧れが増しに増した結果、行ってしまいましたとも。モデルとなった国々へ。

高速道路で入島することもできるが、やはり船で入ってマフムートと同じ景色を見る方が何千倍もテンションが上がった
リアルト橋から臨む大運河、ガイドブックでめっちゃ見る絵
ブルーモスクと名高いスルタンアフメト=モスク。もちろんこの構図を使った場面も作中にある
「将国のアルタイル」の単行本5巻で登場する地下水路のモデルとなるイェレバタン貯水池

 ややスケールのでかい聖地巡礼となったが、最高に楽しかった……。

 「将国のアルタイル」の好きなポイントを概観してちょっとしみじみとしてしまった。これから完結までにじっくりと再読してみたい(推しエピソードの紹介もできたらいいとは思うが、どこまでネタバレせずに記事でおもしろさを伝えられるのか自信がない……)。

 「将国のアルタイル」はどちらかというとコミックスで既刊を一気読みするのが楽しい作品なので、「完結したら読む」という読者が多いように思われる。せっかく公式が「もうすぐ完結するよ」とアナウンスしてくれているので、それを受け止めて既刊収集・再読の上で最終回を待機する人が増えることを祈りたい。

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