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スケートの大会を通じて分かった母の偉大さ

2016/08/07(FC2「ほんわかすーた まブログ」から)

みなさんこんばんは、すーたまです。

今月の2日年に一度のスケートの全国大会台北アリーナにて開催されました。

この日のために私は毎日スケートリンクへ通い続けレッスンをし、鬼のようなスケジュールをこの2か月間こなしてきました。

毎日の鍛錬を積み重ね、気力をふるい起こして努め励んできました。

しかし、去年の全国大会で大失敗してしまった私にとって、今年はリベンジの大会。

また失敗してしまうのではないかと言う不安が日増しに強くなっていきました。

毎日練習を終え、家に帰ると、

「あー緊張する,緊張する」
「怖い怖い」
と繰り返し家族に言い続けていました。

もちろん親も毎日私のこんな軟弱なセリフを聞き続けていると、さすがにいらいらしてきますよね。

ある日、案の定怒り症の父は爆発しました。ドカーン ドカーン ドカーン

「もう毎日緊張する緊張するって言っててうざい。 なんならもう大会に出るのやめる?!!!!

朝せっかく練習に連れて行ってあげたのにもう自分が馬鹿みたい。 出るのやめなさい!!!!!!!」

このセリフを聞いて私も爆発しました。

いや、しそうになりました。

でも父と違って性格温厚な私は口答えするのをグッとこらえ、だまって30分後に始まるピアノのレッスンへ一人でバスに泣きながら乗って行きました。

本当は父もついてくるつもりでしたが、レッスン費を私に渡した後、怒って部屋へ入ってしまいました。

ここで心の優しい母が私を心配して、

「すーたま、レッスンに連れて行ってあげるよ??」

と急いで出かける準備をしていましたが、私はそれを無視して一人で勝手に出かけて行きました。

バスに乗るとお母さんからのLineのメッセージが。

>○○号のバスに乗るのよ?大丈夫?
>帰りは迎えにいってあげるからね。
>レッスン頑張ってね

これを見た私は感動しました。母はいつも私のことを一番に心がけてくれていることに。

止まりそうだった涙はまた流れだし、顔がぐちゃぐちゃになりました。

しかし私は逆方向のバスへ乗ってしまい、気づけばもう劍潭についていました。

知らない道を一人で歩きつづけ、逆側のバス停が反対の道にあったのですが、横断歩道がなく、道路の真ん中を突き抜けていきました。

最終的にはレッスンも無事に終わって家に帰ることができたのでよかったのですが。

家に着くと母が、

「明日の朝7時30分からのスケートレッスンに連れてってあげる」

と優しい声をかけてくれました。例によって父からはなんの言葉もなし。

母は最近風邪をひいてしまって、仕事も忙しいのに、あんな朝早くに寒いリンクの中で、私のレッスンの様子を温かく見守ってくれるというのです。

結局風邪は悪化し、鼻水の量も増えてしまいました。
しかし母は文句を一言も言いませんでした。

そして大会の当日、母はずっと緊張で足がガタガタ震える可哀想な私に寄り添って、

「頑張って!頑張って!」

と暖かい応援をしてくれていました。

4位という良くも悪くもない結果でしたが、全力を尽くすことができたので悔いはないです。

家に帰ると父は、
「反抗期なのは分かるけど、返事くらいはしなさい。このまま態度が悪かったらお父さんも怒るからね?!!」

(もう聞く気もしないすーたま)
(むしろ聞きたくない)

なんで私が起こっているのかもわからないみたいです。

忘れたんだって。

まあ父らしくていいんですが。

この事から、母の忍耐強さを改めて認識しました。

私が毎日緊張すると言い続けているにもかかわらず、優しく慰めてくれた母。自分の体調も顧みず、献身的に私を気遣い続けてくれた母。

すーたま、いい娘になります!!
ママ、ありがとう!!

最近偉大な母のために何かしてあげよう、という気が強くなりました。
父とはもう当分距離を置きます。

でも数学で分からない問題があった時だけは、聞く。


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