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【電通事件・長時間労働・うつ病・自殺】平成10 (オ) 217 損害賠償請求事件


裁判要旨

 一 大手広告代理店に勤務する労働者甲が長時間にわたり残業を行う状態を一年余り継続した後にうつ病にり患し自殺した場合において、甲は、業務を所定の期限までに完了させるべきものとする一般的、包括的な指揮又は命令の下にその遂行に当たっていたため、継続的に長時間にわたる残業を行わざるを得ない状態になっていたものであって、甲の上司は、甲が業務遂行のために徹夜までする状態にあることを認識し、その健康状態が悪化していることに気付いていながら、甲に対して業務を所定の期限内に遂行すべきことを前提に時間の配分につき指導を行ったのみで、その業務の量等を適切に調整するための措置を採らず、その結果、甲は、心身共に疲労困ぱいした状態となり、それが誘因となってうつ病にり患し、うつ状態が深まって衝動的、突発的に自殺するに至ったなど判示の事情の下においては、使用者は、民法七一五条に基づき、甲の死亡による損害を賠償する責任を負う
二 業務の負担が過重であることを原因として労働者の心身に生じた損害の発生又は拡大に右労働者の性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が寄与した場合において、右性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでないときは、右損害につき使用者が賠償すべき額を決定するに当たり、右性格等を、民法七二二条二項の類推適用により右労働者の心因的要因として斟酌することはできない

Fの時間外労働時間


事実関係

  • Fは原告の長男で、健康でスポーツが得意で、性格は明朗快活・直・責任感があり、物事には粘り強く取り組み完璧主義傾向があった。平成2-3年当時はFと原告は同居し、それぞれ就職

  • Fは平成2年3月に大学を卒業、同4月1日に被告の従業員として他178名と入社。入社2か月前の健康診断では色覚異常のみ指摘

  • 新入社員研修後の平成2年6月、FはL部長の13名のもとに配属され、Mを班長とする班でM/Fを含む合計4名で営業局関係の業務を担当

  • 平成2年当時、被告の就業規則では、休日は原則毎週2回、労働時間は9:30-17:30、その間に休憩は1時間、1日の残業上限は6時間30分

  • 残業時間は各従業員が勤務状況報告表と題する文書で申告し、事前に所属長の許可を得るべきとされていたが、実際は事後に許可を取り、さらには長時間残業は常態化し、36きゅていの上限を超えるものも相当おり、労働組合との間で問題視されていた

  • 残業の過小申請も常態化していた

  • 特定の部署・個人に業務が偏ることも問題として被告は認識していた

  • 被告は22:00から午前5:00までの間に業務に従事した従業員は所定労働時間に対する例外的取り扱いを認める制度を設けていた

  • また、0:00以降に業務が終了した従業員で翌朝定時に出勤する者のために被告の費用で宿泊できるホテルの部屋を5部屋確保していたが、被告による周知不足のため新入社員はあまり利用していなかった

  • Fは午前8時に自宅をでて、9時に到着、執務室の清掃のあとは取引先との打ち合わせ連絡会議などで忙殺されて19時に夕食を取ってから企画書の起案や資料作りをおこなっていた

  • Fは業務に意欲的で積極的なため、上司や業務関係者から好意的に受け入れられていた

  • 同年秋に実施された健康診断の結果は採用前と同等で、被告に対してやりがいや満足感があると報告書を提出していた

  • Fは平成2年11月頃までは遅くとも出勤翌日の4/5時に帰宅していたが、それ以降は帰宅しない日や原告が利用していた事業所の事務所に宿泊するようになった

  • 原告はFの過労を心配して有休をとるようすすめたが、Fは休むと代わりの職員がいない、かえって自分が苦しむ、上司に依頼したことがあるが仕事は大丈夫かといわれて取りにくいと答えて実際には取得しなかった

  • 平成3年1月頃から、Fは7割程度の業務を自分で行うようになり、部署や上司からの評価もよかった

  • Lは平成3年3月頃にMに対し、Fが社内で徹夜していると指摘し、MはFに帰宅して睡眠をとらせて業務が終わらないなら翌朝早出させるよう指導した

  • Fは平成3年7月以降、班から独立して仕事をすることが多くなり、帰宅しても翌日の午前6:30-7:00ごろで、8:00には出勤する日々が繰り返された

  • 原告GはFの体調を心配して、栄養課の高い食事を準備したり、会社まで送迎するなど負担を減ずるようにした

  • しかし同時に、Fの体調を心配してGも体調を崩すようになった

  • このころからFは、睡眠不足の結果として心身ともに疲労困憊した状態になり、業務遂行中は元気がなく、くらい感じでうつうつとし、顔色が悪く、目の焦点も定まらないことがある様子になった

  • Fは平成3年8月1日から同月23日まで、休日を含めてほぼ毎日出社した

  • Fは同月にMに対し、自身がない、何を話しているか分らない、眠れないと訴えることがでてきた

  • 平成3年8月23日、午後6時頃にいったん帰宅して、22:00ごろ自宅を自家用車で出発し、取引先企業が名古屋県内で行う行事の実施のために同県内のMの別荘に向かった。この際にMはFの言動の異常に気付いた。Fは24日から26日までの間行事の実施に当たりその終了後の26日17:00ごろに会場をあとにした

  • Fは平成3年8月27日18:00頃に帰宅し、弟に病院にいくなどと話して21:00ごろには職場に電話で体調が悪いので会社を休むと告げ、10:00ごろに自宅のふろ場で自殺 (縊死) しているのが発見された


原審の検討

安全配慮義務違反

  • 労働基準法は労働時間の制限を定め、労働安全衛生法は作業の内容を特定することなく事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するよう努めるべき旨を記載している。それは上記のような問題が生じるのを防ぐためだと理解できる

  • したがって、使用者は労働者に従事させる業務を定めて管理するにあたり、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なわないよう注意する義務を負うと解するのが妥当である

  • したがって、使用者に代わって労働者に業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の上記義務に従って権限を行使すべきである

  • 主たる関係者との連絡、打ち合わせ、企画書や資料の起案だったが、所定時間は打ち合わせで占められ、企画書などの作成は所定労働時間の経過後にしか行えなかった。そのため、長時間労働が常態化していた。

  • 業務の実施に際してFに裁量がなかったわけではないが、上司のLはFに対して、業務の起源を設定して順守するよう求めていたことで、業務を所定の期限までに完了させるべきとする包括的な指揮命令にあたっていたため長時間残業が認められたと考えられる

  • Lは遅くとも平成3年3月にはFの残業申告の申請が相当少なく、Fが業務遂行のため徹夜していると認識しており、同年7月頃には健康状態の悪化に気づいていた。しかし、Lの指摘を受けたMから、Fに対して業務を所定の期限までに遂行することを前提に帰宅して睡眠をとり終わらないなら翌朝早く出勤して行うよう指導したのみで、Fの業務量を適切に調整する措置を取らず、かえって同年7月以降の負荷は従前より増加した。その結果、Fは心身ともに疲労困憊してそれが誘因となって遅くとも同年8月上旬にはうつ病に罹患し、同月27日に自殺した。

原審は上記経過に加えてうつ病の発症などに関する前期の知見を考慮して、Fの業務の遂行とうつ病罹患による自殺との間には相当因果関係があるとした上、Fの上司であるL及びMにはFが恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態の悪化を認識しながら負担軽減措置を取らなかったことにつき過失があるとしており、その判断は正当で是認できる

性格を理由とする過失相殺

  • 過失相殺については労働者の業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求でも同様だが、労働者の性格が多様であり、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さと比較して通常想定される範囲を外れない限りはその性格及びこれに基づく業務遂行の態様が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与しても、こうした事態は使用者として予想すべきと言える。

労働者の性格が一般的な多様性の範囲を外れるものでない場合は、裁判所は業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求に置いて使用者の賠償すべき額を決定するにあたりそのお性格及びこれに基づく業務遂行の態様などを心因的要因として斟酌することはできないというべき

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