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“La vie est drôle”――人生は面白い

キルラキルの鬼龍院 羅暁様が言っている言葉だ。
フランス語で、「ラ ヴィ エ ドロル」と読むらしい。
(※アニメ会社Triggerのファンです)

うまくいかないことがある。
予想外のことがある。だから面白い。

文章も同じで、
没頭して書いてしまって、
あとで推敲して消さなければいけない言葉を、
どうしても消したくない時がある。

心で書いて、
言い回しが自分の中でお気に入りになってしまったけれど、
頭で見直した時に、その文の中に一切必要がない言葉だ。
「うまいこと書けた」と自己満足で感動に打ち震えたりする。

消したくなくて、なんとか無理やり組み込もうとしてみたり、
メモ帳にコピペしていつか使おうととっておきにしたり(あまり使わない)、
心の自分が「消さないで~(ノД`)・゜・。」と泣いてしまう。

そう、文章は美しい。
そこには「心」と「頭」があると思う。
「文学」が好きだ。

文学(ぶんがく、英語: literature)は、言語によって表現された芸術のこと。小説戯曲脚本随筆評論などの総称である。また、それらを研究する学問文芸学を参照)。文芸(ぶんげい)ともいう。

原初的な文学は口承文芸であったが、写本による書物の流通を経て、やがて印刷技術が普及するにつれて活字印刷による文学作品の出版が主流になった。現在では電子書籍インターネットを利用した電子メディア上で表現されるものもある。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


口承文芸だった、というのもワクワクする。
口に出すと感情がのって、言葉がまた違ったニュアンスになったりする。
朗読にも興味がある。朗読も美しい。

そのおかげでストーリーが変わっていって、
人によってストーリーが違うというのもおもしろい。
そもそも文章の解釈や思いなんて読んだ人の数だけあるけれども。

口承文学(こうしょうぶんがく)とは、文字によらず、口頭のみで後世に伝えられる形態(口承)の文学である。文字を持たない民族に伝わった物語、あるいは、宗教的呪術的な理由などにより、文字(書物等)として伝えられなかった物語などである。口承文芸などともいう。

口伝であるため、物語は固定されることがなく、途中で新しいエピソードが挿入されたり、話の筋が変わったりすることもままある。また、その物語の伝承者が絶えると同時に、物語そのものも辿ることができなくなってしまうのも特徴の一つである。民俗学などの分野では、これらの文字を持たない民族の物語も研究対象にしており、貴重な民俗資料となっている。研究のために文字で書き留めたものが出版されているため、現代では、口承文学の全てが口承でしか伝わっていないとは言い切れない。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


私はいわゆる「中二病」で
美しい文字列が好きだ。美しさは大事だ。

そして、勢いのある文章も好きだ。おもしろさは大事だ。
以前も記載したことがある。
オモコロさんとか大好きだ。

やっぱり魔女になりたい願望がある。
錬成合体できないものだろうか。


「言語哲学」も趣味で学びたい。
そもそも「意味と言葉」も「なんでもいい」というのもおもしろい。

「月が綺麗ですね」が代表的な例だと思う。
わかるかーい!と思う反面、
美学を感じて震える。


つまり、やっぱり自由に書きたい、ということだと思う。
その方がおもしろそうだから。
おもしろいほうが、きっといい。


“La vie est drôle”――人生は面白い


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私は生徒会四天王が好きです。


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