自分自身とこの青について③【創作小説】【創作大賞2024応募作】



もしも青くなかったら、私はこんなにも海に惹かれていたのだろうか。青い絵の具をパレットに出し、そこに少量の水と白を溶かした。空と海の境目をぼかす。ないようで確かに存在する線を出来るだけ曖昧にする。荒々しく寄せる波の水飛沫は、海の青が生み出したとは思えないほど白く刺々しい。隣でジュンさんが言った。随分と荒々しい絵だな、と。「俺好きだよ、カオルちゃんの絵」と。
父は私の絵を褒めてくれたけど、好きだとは一回も言ってくれなかったな、と不意に思う。そんな切なさにもうずっと、気づかないふりをしている。


「カオルはきっと、長くは生きられない」

「え?」

「小さい頃、父が私に言ったんです」


私はそれを信じて疑わなかった。だって、父の言うことは妙に説得力があったから。今こうして生きていることの方が不自然に思える。この世界とのずれを感じる度に、私は父の言葉を思い出した。そして、安心した。私にとって死とは無で、無とは私があるべき場所だった。そこはきっと十分に満ち足りていて、足りないってことが不自然じゃない場所。


「その言葉があまりにも真実味帯びていて、今でも未来のことをうまく想像出来ないんです」

「みんなそうだよ、未来を考える余裕なんてない。だから人生に疲れると海が見たくなる。今を生きるために。」


陽の光が肌を刺す。青を、重ねる。白いキャンパスに何重もの青が重なる。ぼかす。誰もいない昼間の海の静けさに身を沈める。隣にいるジュンさんの気配だけを求めている。生活が遠のく。私達には海しか見えない。

「カオルちゃんがこの街に来てからもう一週間かー。」

ここに君が求めているものはある?ジュンさんの瞳が眩しい。その逞しい腕が私を引き寄せる、想像をする。潮の匂いと柑橘系の香水の匂い。それと、きっと汗の匂い。私が求めているもの、それは求めるほど私の手からすり抜けていくもの。掴もうと手を伸ばすと、そこには揺るぎない一つの答えがある。それだけは避けなければいけないのに。


「私が求めているものは、手に入らないからいいんです。それが、自然だから」

「不自然でもいいよ、手に入るといいな」


そう言いながらジュンさんは私から筆をひょいと取り上げて青い絵の具にベッタリと付けた。パレットの端でトントンと筆を弾ませるようにして、余分な絵の具を落とす。青に青が重なる。それは私がジュンさんと出会ったあの日見たー。そして今も目の前に広がる青と同じ、深くて限りのない青だ。

「ジュンさん」
「なに?」
「ジュンさんは、なにを求めてるの?」

私は急に、得体の知れない恐怖を感じる。それはまだ形を持たず、ただ漂っていた。気づいた時には既にあって、その自然さを疑う間もなく失ってしまう、、そんな説明出来ない哀しさを予感した恐怖。身体がぞわりとした。
私は手を伸ばす。ジュンさんの気配だけじゃ全然足りなくて、その存在を確かめたくて。
ジュンさんはじっと海を見つめている。私には見えない青が、ジュンさんには見えるのかもしれない。私はどうしてもジュンさんに触れることが出来ない。それはなんだか、とてもいけないことに感じるから。




























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