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わるいひとじゃないの

 よく夢を見る。今回は母親だけの登場。わたしが一人暮らしをしている部屋に、突然やって来て冷蔵庫を開けた。食べかけのアイスクリームが入っていて、「食べかけやん!」と言いながら外に出す。当たり前に溶け始め、甘い液体が床にぽたぽた落ちる。

 わたしは「アイス溶けるやん!!」と怒りながら、床を拭いていた。余計なことをしないでと訴えても、母親はいつも通り飄々としていた。自分の行いが"余計"だとは思ったことがない、なんて言ったら意地悪だろうか。

 その後なぜかトースターでパンを焼き始める。なんとなく良い匂いがして、それには覚えがあって。妙にリアルに感じて、ふと実家での生活を思い出す。

 起き抜けにはいつも母親が焼いた食パンの匂いがする。食卓に行くと、毎日ミルクだけの紅茶を飲んでいる。「おはよう」と挨拶すれば、わたしのパンも焼いてくれたり、時間がなければ母の紅茶を奪って飲んだり。大抵わたしが寝坊して、ドタバタと外に飛び出す。「いってきます」「いってらっしゃい」そんな朝の風景。

 わたしたちの、もう訪れない日常。

 ぜんぶ夢だ。一人暮らしの部屋はヘンテコだったし、母親が急にやって来ることもない。途中で夢だと分かっていたのに、夢でも怒っていた。なんでわたしの話を聞いてくれないの、といつも思っていた。いまだって変わらない。

 怒りながら、泣きながら起きて、わたしは最初に母親のご飯が食べたいと思った。エビフライ、ハンバーグ、チキンカツ。ひとりじゃ作らない料理たち、手間を掛けてくれていたと知る。これが愛じゃないのなら、わたしは何を信じればいい。

 母親のことを「悪いひとではない」としか説明できないのだけれど、悪気がないからとすべて許せるほど良い娘でもなく。もう大人になったのに、未だに上手な子どもの顔を探し続けている。嫌いになりたくないから。できれば家族で居たいから。

 そうしてまた、泣きながらひとり、家族の形を探している。

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