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ふくだりょうこ『きょうもお高いアナタとわたし~あのコになりたいウツキちゃん』

“お高いあのコ”のこれまでのお話はこちら▽
『きょうもお高いキミがスキ~さえないハジメくんのヨクボー』
『きょうもお高いキミがスキ~マジメなカズミくんはソンをする』

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 トーストが焼ける匂いに誘われて目が覚めた。でも布団の中があったかくて出たくない。素肌に触れるシーツが気持ち良い。昨日、布団に潜り込んだときは洗いたてでパリッとしていたけれど、少し肌になじんで私の体全体を包み込んでくれている。ずっとこうしていたい。安心できる……。

「ウツキ、起きて」

 頬に温かいものが触れた。それが指だと分かるまで、少しだけ時間がかかった。いい匂い。これは、サツキちゃんのボディソープの匂いだ。私も昨日使ったから、わかる。でも、私の体からする匂いとはちょっと違う。サツキちゃんの匂い。

「……おはよ」
「おはよう。朝ごはんできてるよ」
「パンのいい匂いがした」
「でしょ。顔洗ってきて。紅茶とコーヒーはどっちがいい?」
「サツキちゃんと一緒の」
「じゃあ紅茶ね」

 もそもそと布団から抜け出す。布団は畳んで部屋の隅に押しやる。まだ頭の中はぼんやりしている。
 そう。昨日はサツキちゃんと夕飯を食べに行ったあと、おねだりして公開初日の新作映画をレイトショーで観た。映画が終わるころには私の終電は終わっていて、そう言ったら「うちに泊まったらいいよ」って言ってくれた。それからサツキちゃんちに来て、2人でお酒を飲みながら古い映画を観た。
 普段はどこか近寄りがたい雰囲気があるけど、私と一緒にいるときはよく笑うし、すごく面倒見がいい。仲良くなったきっかけは名前だった。「2人とも『月』が入る名前だね」って。女の子が仲良くなるのなんて、そんな些細なものなのだ。
 でも私には今まで、お泊りするような女友達なんていなかったし、そもそも誰かと仲良くなりたいなんて思いもしなかった。女の子なんて仲良くなっても彼氏ができたり、結婚したらすぐに疎遠になっちゃう。今までだってそうだった。私に彼氏ができたら、みんないつのまにかどっかに行っちゃう。
 でも、サツキちゃんのことは本当に大好きで、ずっと一緒にいたい。かわいくて頭が良くて、性格もよくて。こんな素敵な子が私の友達だなんて鼻が高い。サツキちゃんにも同じように思ってもらえたらいいな、って心から願ってる。

 洗面所で顔を洗って戻ると、小さなテーブルの上にはカリカリに焼かれたトーストと、ベーコンエッグ、紅茶、それから……。

「あ、これ。ラフランスだ」
「そう、ウツキが持ってきてくれたやつ」
「サツキちゃんが食べたいって言ってたから。リンゴみたいで梨みたいなフルーツが食べたいって分かりづらくて悩んじゃった」
「でも、ウツキはちゃんと買ってきてくれた」
「それは、私は……」

 私はサツキちゃんのこと大好きだから。サツキちゃんの親友だから。そう言いたかったけど、飲みこむ。わざわざそうやって口にすると急に空々しいものになってしまう気がしたから。

「『私は』? なあに?」
「ううん、私は、えっと、フルーツに詳しい、から」
「そっか」

 サツキちゃんは微笑むとトーストを一口かじった。
 緩く結わいた黒髪がわずかに揺れた。パーカーのモコモコパジャマがかわいい。あれだ、女の子に人気のブランドのやつだ。ショートパンツとソックスがセットになってるやつ。チラリと視線を下ろすと、もこもこのショートパンツからは白いすべすべの脚が伸びている。ソックスは履いていない。もうサンダルの季節ではないのに、サツキちゃんの足の爪は綺麗にネイルが施されていて、このスキのないかわいさが私はすごく好き。

「なに?」
「ううん。サツキちゃんはいつ見てもかわいいな、と思って」
「ありがと」

 かわいいね、って言っても「そんなことないよ」って言わないのも、サツキちゃんのいいところ。

「ウツキ、寒くない? カーディガン貸そうか?」

 ほらすごい。ちゃんとこうやって気がついてくれる。

「大丈夫。私、暑がりだから」

 昨夜もサツキちゃんは自分が着ているものと色違いのパシャマを私に貸してくれようとしたのだけど、暑いからとショートパンツとTシャツを借りた。体にフィットする軟らかい生地。きっとこれも良いものなのだろうなあ、と想像がつく。

「そうだ、サツキちゃん」
「あ、ごめん」

 私の言葉を遮るようにサツキちゃんは軽く左手を挙げた。右手にはスマホ。

「電話がかかってきちゃった。出てもいい?」
「……うん。もちろん」
「ごめんね」

 わずかに私に向かって微笑みかけたあと、サツキちゃんは電話に出た。

「もしもし。……ああ、うん」

 いけない、と思いつつも耳を澄ませてしまう。仕方がない。だってこの部屋は静かすぎる。

『……だから、……』

 漏れ聞こえてくるのは低い、男性の声。

「ふふっ、そうだね」

 嬉しそうにサツキちゃんが相槌を打つ。私と話すときより、ちょっと声が高い気がする。

「分かった、じゃあまたあとで」

 あとで? このあと、電話の主の男性と会うんだろうか。

「ごめんね。一緒にいるのに電話に出たりして」
「う、ううん! 気にしないで」
「ありがと。……あ、紅茶のおかわりいる?」
「……うん」

 残り少なくなった私のカップを手に取り、サツキちゃんが腰を上げた。

「あの、サツキちゃん」
「なに?」

 そう、昨日は本来、この話をしたかったんだ。あまりにも楽しい時間だったから、そのまま終わってしまいたくなった。でも、ちゃんと言わなければならない。
 だって、私はサツキちゃんの親友なんだから。

「あのね、サツキちゃんのやっていること、良くないと思うの」
「私の、やっていること?」

 紅茶を入れながら、サツキちゃんが首を傾げる。

「私、何かいけないことしてる?」
「その……いろんな男性と会っているでしょう?」
「うん。それがいけないこと?」
「よくないよ。友達としてならともかく、その、不特定多数の男性と……その、えっと」
「私がいろんな男の人とセックスしてるってこと?」

 コトリとカップが目の前に置かれた。上品そうな笑みを浮かべながら発せられた言葉とは思えない。

「それは……」
「誰とでもするわけじゃないよ。私は私の体が大事だから。会ってお話するだけだよ」
「でも、私知ってるの。サツキちゃんがいろんな男性からプレゼントもらっていること」
「それはいけないこと?」
「男性って、下心もなしに高額なプレゼントをしたりしないでしょ? だからサツキちゃんのことが心配で」
「なるほど」
「サツキちゃん、かわいいからいろんな男の人が言い寄ってくると思うんだけど、気をつけたほうがいいよ。飲み会だって私がいつだって一緒に行けるわけじゃないんだよ。変な男がいたら私が追い払ってあげられたらいいのに! サツキちゃんも良くないよ、どんな男の人の前でもニコニコして、気持ちよくなるような言葉を言って。ああでも勘違いしないでね? 私だって本当はこんなこと言いたくないけど……」
「“親友”だから言ってくれているんだよね?」

 頬に熱が帯びていく。
 『親友』――。その単語に胸が熱くなる。

「そうなの、親友だから言ってるの。サツキちゃんには、幸せになってほしいんだ。だから嫌われるかもしれないって思ったけど、言わなきゃって。親友だから。サツキちゃんの親友の私しか言えないことだから、と思って」
「うん、ありがとう」

 微笑むと、サツキちゃんは私の手を両手で握ってくれた。白くて綺麗な指。私よりずっと華奢な手が優しく私を包み込んでくれている。

「そんなこと言ってくれるのはウツキだけ。こんな素敵な親友がいてくれて、私は幸せ者だな」
「サツキちゃん……」
「これからも、私の一番の親友でいてね」
「もちろん!」
「ウツキには心配かけないようにする」
「本当に?」
「ほんとだよ! さ、食べよう。料理、冷めちゃうよ」
「うん!」
「ほら、洋ナシももっと食べて」
「ありがとう」

 サツキちゃんが親友って言ってくれた。
 何度もその言葉をリフレインする。
私いま、すごく幸せだ――。

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