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【掌編】小野寺ひかり『桃と花火』

セミの声がつんざく。くさのにおいが濃ゆい、夏の夜のこと。

あにの右手では、ゆらゆらと小さな炎が揺れて、こえーぞ、こえーぞ、と語り掛けてくる気がした。導火線に近づくその手前で、あにはわたしの顔をのぞきこむ。

「なにおびえとるんじゃー、桃」
「あにぃ、火ぃ、やめてって、」
「おもしれ。クチがへの字になっちょぉ」
途端に恐怖していた自分があらわになった気がした。
あにがわたしを指さす。
「かかさん、こいつの眉までハの字になりよったあ」
「あらあ。お兄さんなのだから、からかったらだめよ」

と母は困ったように笑う。
それが私とそっくりのハの字だと気づいたのはずいぶんとあとのことだったけど。私はその場で父や母のひざ元に駆け寄る事も出来た。でもからかわれたことへのいら立ちがかったのか、打ち上げ花火のそばでじっとしていたことを覚えている。
「いじわるは嫌いじゃ」
「弱虫はだめじゃー」
いつまでも変わらぬ優しい、いたずらっ子。あには「ほうれ、火ぃ、つっけぞ」としゃがみこんだ。
「桃~、はなれとれー」と母が言っても私は同じ場所から動かなかった。耳をふさいでいたから聞こえなかったような気もしてくるし、いや、恐怖心に負けて動けなかった、が正解だったかもしれない。

あには、今度はためらわずにパッと火をつけた。
「よっしゃ、」
しゃしゃしゃ!、導火線からはじける火花に気をとられる。


ほれ!ほれ!ほれ!そういって、わたしの手をひいて、あには縁側につれていってくれた。
ぼんっ
と音がして、
母がきゃっと驚いた。


夜空にあがる光線の先で、ちいさなピンク色の花がさいた。

「きれいじゃった」と言ってから、わたしの耳をあにがふさいでいてくれたことに気づく。

あにが、わたしを見下ろしてにっこり笑った。「桃の色じゃ」

すっかり、への字もハの字も忘れて「ほうか、わたしの色じゃあ」と嬉しさで胸がいっぱいになって、わたしも笑った。


それから何年かしたあとに、あには風邪をこじらせて、そのまま遠いお空につれていかれてしまった。夏が来るたび、わたしの色の花火が夜空に打ちあがる。いつもそんな気がしている。

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『桃と花火』文芸誌Sugomori/小野寺ひかり/お題「花火」

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