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【全文無料】『桜掌小説』小野寺ひかり


Sugomori4月号の特集は、おなじみになってきました季節の掌編小説です!
今月のテーマは桜。


桜掌編ととのい (1)

掌編「桜」

廃校に残された桜が今年も咲いた。

3月の半ばを過ぎた頃に咲き始め
幾度かの雨と風にもさらされて、
誰かが見守っていたわけではないのに
4月になっても咲いていた。

最後に3人の生徒を見送ったのは
十数年も前のことだという。

ダム湖には村と集落の記憶が沈んでいる。
校舎の時計は
8時34分で止まったまま
はじめてみた時と変わらない。

今きみたちは大人になってしまったのか。

いつのことか、雨上がりになると
蛙がなぜ道路を歩きだすのかと
小さな両手で大きな蛙を捕まえては
路肩に移動していた子がいただろう。

車に引かれてしまった無残な姿に
胸を痛めていた心優しいきみ。

思うに、きっと、蛙たちは、
未知の世界へ
自分の力で飛び出したかったんだろう。

運のない大バカな蛙たち。
声さえ出さず思念は宙に散布する。

そして、
そんなことを気にもせず湖畔は
青の水をなみなみとたたえている。

湖畔を抜ける風が吹く。
ひらひら、ひらひら
ひらひら、ひらひら
桜の花びらが舞い落ちる。

今きみたちは大人になってしまったのか。


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