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中馬さりの『ポワブロン殺人事件』後編



僕はそれぞれの証言を御剣先生に伝えた。

彼女は被害者に差し出されたのと同じ、3人分のシェフが作ったピーマンのファルシを完食しようというところだった。細身のどこにそれだけの料理が入ったのだろう。

「羽崎君。確認だが、アトロピンが検出されたのはピーマンのファルシ。それも1食だけだった。
食べられなかったNo.2、No.3の料理は異変がなかったし、カトラリーに忍ばせられていたわけではなかったね?」

僕は頷く。それを見て、御剣先生は、先ほどまでピーマンのファルシがあった皿に視線を落とした。

今はもうどこにもないけれど、青々とした緑のピーマンの中に、米、トマト、パセリ、そして米が敷き詰められ、赤みがかったソースが覆いかぶさっている。こんな事件の話がなければ、喉をゴクリと鳴らしてしまうほど濃厚な香りが広がっていた。

「たしか八重樫氏のモットーは"食材の栄養素を最大限に活かした料理"だったね。犯人は最後まで八重樫氏の教えにしたがったんだろう」

どこか支離滅裂な彼女の指摘に対し、僕の顔はよほど呆けていたのかもしれない。

「もしかして、ここまでの話で何かわかったんですか?」

「わかったといえば、わかったかな」

「もったいぶらないで教えてください。人の訝し気な顔を見て笑うなんて趣味が悪いですよ」

しぼりだした嫌味も対して効果がなかったようで、ふふふと含み笑いで流されてしまう。

「それじゃあ羽崎くん。

今すぐ八重樫氏の主治医に連絡をとって、降圧薬の処方記録を確認してほしい。彼が重度の亜鉛不足と診断されていたら私の推理通り。
その後は、逃げも隠れもしないシェフに感謝の意を伝えに行こう。この店に予約を入れてくれるかい?」

そういって御剣先生は1つのレストランを指定した。

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