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中馬さりの『名探偵の脳細胞』

「そういえば、探偵ってどうやってなるものなんですか?」

テーブルに今日の晩御飯を並べながら、僕・羽崎透(はねざきとおる)は問いかけた。
お誕生日席で嬉しそうに料理を眺めていた名探偵・御剣京子(みつるぎきょうこ)先生がこちらに視線を向ける。
人形のように整った顔立ちで訝し気な顔をされるのは、何度やられても落ち着かない。ツヤのある真っ黒な髪も、健康的な白い肌も、どれだけ助手として一緒に過ごしても見慣れることはないだろう。

「そうそう、羽崎君は探偵になる前の京子さんを知らないんでした」

僕の向かいに座る東山渉(ひがしやまわたる)警部がにっこりと言った。
キツネのような細い目に、なんだかマウントをとられているような気がして面白くない。実際、御剣先生と東山警部は長い付き合いのようだが、これ見よがしに言う必要はないじゃないか。
今だって御剣先生が嫌がらないから、彼の分の晩御飯も用意してあげているっていうのに。

「探偵は学歴や特別な資格が必要な職業じゃないからね。なろうと思って、名乗り始めたら探偵ともいえるよ」

僕と東山警部をなだめるつもりではないだろうが、先生が静かに答えた。
たしかに僕だって先生の助手と名乗っているけれど、やっていることと言ったらメールの返信や晩御飯の準備。お手伝いさんと言った方が正しいかもしれないけれど、個人的な判断で“探偵助手”としている。

「探偵を改めて定義づけるとしたら、組織や個人から依頼を受けて、法律の範囲内で身辺調査や警戒業務を行う職業ですからね。
活動内容はあくまで法律の範囲内。調査の対価として金銭的な報酬を受けとっているだけ。他の民間業者と同じです」

東山警部の説明は納得するしかないほど理路整然としたものだった。

「問題は依頼がきてそれを解決できなければ報酬はもらえないってことですね。事件に関わったとしても、トリックに気づいて真実まで到達できるかどうか」

僕は肩をすくめる。

「そうだね、誰でもできるものじゃない。例えばだけどさ」

東山警部は話し始めた。




――ある夜、警察に通報があった。

仕事を終えた男が終電で家に帰ると、窓ガラスの割れる音がした。
何かと思い向かってみると、黒い人影が逃げていく。家の周囲はあまり栄えておらず、暗くて辺りはよく見えない。このまま走り続ければ崖に到着する。不審人物はどうするつもりだろうか。男は異様な雰囲気を感じ、気づかれないように後をつけた。

案の定、崖に到着した男は、何か手に持っていたものを放り投げた。
それは崖にぶつかるたびに火花を散らしながら落ちていく。その時、灯台の光に照らされて不審人物の顔が見えた。妻の弟だった。

家に帰ると、妻が死んでいた。
男は妻から“今夜は実家に帰る”と聞いていたらしい。家に灯りがついていなかったこともあり、妻の安否を確かめるより先に不審人物を追ってしまったと涙ながらに話した。

検視の結果、死因は撲殺。頭部に何か固いもので殴られた跡があった。

男はすべてを警察に話した。男が供述した崖の下を調べると、アンティーク物のブロンズ像が発見された。本当であれば崖の下から何か見つけ出すなんて途方もない作業だが、火花のおかげで落ちた場所が分かったと言う。

ブロンズ像からは妻の血痕と、3名の指紋が検出された。
指紋は男と妻と、弟のもの。顔を見たと男が証言したことも加味し、弟が第一容疑者に挙がるのは必然だった。
実際、弟は妻と遺産関係でもめていたという。自宅で寝ていたらしくアリバイもない。

しかし、弟は容疑を認めなかった。
遺産の話し合いで姉に会いに行っていたから、像についている指紋はその時についたと供述している。

妻を殺したのは誰だろうか。




「さて、これを聞いてどう思う?」

話終わった東山警部がニコニコとこちらを見る。まるで小学生にだす謎解きのような雰囲気だが、内容は物騒だ。

「どうって言われても……、とりあえず他に目撃証言が確認するしかないのでは? いや、遺体の状況を調べた方がいいのかな」

突然始まったクイズにすらワクワクしてしまうのは、探偵助手の性質なのかもしれない。

「だってさ、京子さん。京子さんならどうします?」

「いますぐ通報したという男をとらえるな」

晩御飯を淡々と食べつつも即答する。まったく話に入っていなかった御剣先生も、謎解きには興味があったようだ。


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