見出し画像

【全文無料】誠樹ナオ『第一王女は婚活で真実の愛を見つけたい』第2話

結婚式から帰った翌日の朝、予想通り朝の政務をすっ飛ばしてお父様がお部屋に怒鳴り込んできた。
「お、おま、お前……テレーズの結婚披露パーティーを抜け出して、途中で帰ってきたというのは本当か〜!!」
「あら、お父様、おはよう」
涼しい顔で朝食後のお茶を飲んでいると、お父様が肩を怒らせて私の前に顔を寄せてくる。
「おはようじゃない!」
「そんなにカッカすると血圧が上がるわよ。紅茶をいかが?」
私が差し出した紅茶を一気に飲み干して、がちゃんと茶器をテーブルに置く。こんなに怒ってても、とりあえずちゃんと飲むのね……
「どれも私が揃えてやった一流の婿候補ばかりだぞ!それを、紙切れか何かのように相手もせずに帰ってくるとは、情けないっ!」
「失礼ね、ちゃんと一曲は踊ったわよ」
「一曲踊ったくらいで、相手の人となりがわかるのか〜!!」
「それを言うなら、テレーズとルイスの結婚式を私のお見合いの場にしてしまうことこそ、どうなのよ!失礼だと思わないの!?」
「何を言う、この王国の行末がかかっているのだぞ。臣下として協力するのは誉であろうが」
「ふーん」
どっかりと腰を下ろすと、お父様がビシッと私に指を突きつけた。
「いいか、其方は我が正妃ソフィアから生まれたただ一人の娘だ。ゆくゆくは国を背負う立場となり、婿君がお前を支えるだろう。お前の伴侶はこの国の行く末を左右し、さらには1日でも早く世継ぎを……」
相変わらず、お父様のお説教は一言一句変わらない。
「もう何度も聞いたわ。言われなくても分かってるわよ」
「分かってるなら、さっさと婿候補を選ばんか〜!」
その上毎日のように言われれば、いやでもお祈りの言葉のように覚えてしまう。
……私だって、自分の立場や後継者問題がこの国の生命線であることは分かっている。
「でもねえ、私の婿になれば、その人にも王位継承権が発生することになるじゃない」
「そうだが?」
だからなんだと、雄弁な視線が語ってくる。
「例えばお尻が軽くて他に女や子供がいたりしたら、禍根を残すことになるわよね」
「だからこそ、婿候補は厳選している!」
「テレーズ」
テレーズがすぐに私の背後に音もなく現れ、紙挟みをサラリと広げた。
「……なんの茶番だ」
「恐れながら国宝陛下」
チラリと視線を向けられても、テレーズは涼しい顔で進言を続ける。そこに書かれているのは、テレーズに集めさせた宮廷の噂話だ。
「昨日お越しの中では、隣国の外交官パルマ様には花町での接待を外務部に要求し、豪遊しているとの噂がございます」
「……は?」
お父様が紅茶を飲もうとした手がぴたりと止まる。噂話とはいえ、女たちの噂ほどあてになるものはない。お父様が公式な立場で調査したところで、出てこない話を調べるならこうするに限る。
「マラガ男爵の跡取りには複数恋人がいて、そのうちのお一人とは刃傷沙汰になりかかって揉み消したとか。マルティネス政務官は既に隠し子がいるそうですわよ」
「隠し子だと!?」
「側近の子としてお育てだとか。さらには、西方のお国のリカルド王子ですけど……その」
「なんだ」
言い淀むテレーズの顔に頬を寄せると、ボソッと顰めたつぶやきがこちらにも漏れてくる。
「男色家だとか」
「もうよい」
お父様が軽く手を振って見せた。
へっへっへ、やったね。宮廷の噂を集めさせたら、テレーズの右に出る者はいないんだから。
「だからね、私は何も結婚しないってわけじゃないし、嫡子としての責務はちゃーんと分かってるわよ。お父様の人選に問題があるんだって何度も言ってるじゃない」
「言いたいことは分かった」
お父様が悩ましげにこめかみを抑えた。
「分かったが、その調子でこちらが探した婿候補をことごとく蹴散らされたのでは、いつまでたってもどうにもならん」
お父様が顔を上げてニヤリと笑うと、それを合図にしたかのようにドアが開く。ずっとドアの向こうで待機して、様子を伺っていたとしか思えないタイミングの良さだ。
「これまでのことで、お前相手に同じ方法を続けていても埒が明かないのと重々分かったのでな。助っ人を頼むことにした」
お父様の隣で、黒尽くめの男がどこか慇懃無礼に頭を下げる。
「紹介しよう。政務官のアスラン・デ・セレナだ」
「第一王女レティシア様に置かれましては、お初にお目にかかります」
涼風が吹き渡るような、静かで耳に心地よく響く声だった。
「若いのになかなか優秀な男でな。少し前から内政のいくつか重要な部分を任せている」
顔を上げて、思わずアッと声を上げそうになる。
細身で高い背丈は、ヒールを履いて横に立っても見上げるほどになるのではあるまいか。そして切長の涼しげな瞳に、スッと通った高い鼻梁。端正な顔立ち……何よりも彼が纏っている怜悧な空気に間違いようもない。
「結婚式の失礼男〜!?」
思わぬ場所での再会に、私は口をパクパクさせてそれ以上言葉を発することができなかった。

──

失礼男……改めアスラン・デ・セレナは私の手元に長々と書き付けられた巻紙を残して行ってしまった。
「冗談じゃないわ……なんなのよ、あれ!!」
巻紙の中身は質問票になっていて、基本的なプロフィールから、好みの男性のタイプや男性に希望する条件……そんなものが長々と並んでいる。

……

お父様に紹介されて挨拶もそこそこに、アスランは淡々と巻紙を私に差し出した。
『今後、レティシア様のご結婚に関しては、王命により私が担当することになりました。ついては、次回私と面談するまでにこちらを書いて持参してください』
『はあ?何で私がそんなもの書かなくちゃいけないのよ!?』
私が声を上げても、アスランは全く怯む様子も阿る気配もなく淡々としている。
『今までは、カルロ王が選んだ候補者をことごとく撥ね付けられていると聞いています』
それはその通りなので、返事に詰まる。
自分でしていることとはいえ、改めて客観的に聞かされると多少の罪悪感を覚えるのも事実だった。
『であれば、レティシア様のご希望に沿う形で候補者を選ぶのがまず第一かと』
目の前に大仰に膝を突き、アスランは私を見上げた。
『ついては、私めに忌憚のないご希望をお聞かせください。必ずや条件に合う候補者を探して参ります』

……

「あのアスラン様とおっしゃる政務官、考えましたわよねえ」
テレーズがのんびりと巻紙を取り上げる。
「カルロ王が無理やり押し付けてきた候補者ならば色々と難癖をつけて拒絶もできますけれど、レティシア様のご希望に沿って、という形であればそうはいきませんもの」
「うっ……」
テレーズは意地悪や皮肉で言っているわけではない。何の気なしに言っているだけだ。ただただ本音で私に接してくれるからこそ、彼女は私にとってこれ以上ないほど信頼できる人物だった。
「レティシア様があまりにも候補者に興味を示さないものだから、王も攻め方を考えましたのね」
「私に搦め手とか使うタイプじゃないと思ってたんだけどなあ」
お父様は国王としては優秀な人だ。
アストゥリア王国は気候が穏やかで資源に恵まれ、平和で豊かな国の部類に入る。その資源や経済力を狙って侵略を企てられることもあるけれど、海に囲まれているせいで国防に有利だし、国民はその環境のせいか勤勉で愛国心が強く、なかなか侵略されるまで至らないという風土や歴史がある。
だからといって歴代の国王が暗愚というわけでもなく、特にお父様は資源にだけ頼らない国づくりを目指して内政に力を入れている。
そんなお父様だからこそ後継者問題は頭が痛いだろうし、喫緊の課題ではあるけれど、娘の私には驚くほど常に直球勝負だ。
「まさか政務官を置いてまで、私の結婚話を進めてくるなんて思わなかったわ。しかも、ああいう搦め手しか使わなそうなタイプ」
黒づくめのすました顔立ちを思い出すと、なんだかそれだけで腹立たしい。
「セレナといえば、セレナ公爵家のことですわよね」
テレーズが頬に手を当てて小首を傾げた。
「わたくしはあまり存じ上げませんけど、名門中の名門のはずでは?」
「そうよ、国政の中枢を担う政務官を代々輩出していて、自らも広大な領地を持ってるわ」
「レティシア様のお母様のソフィア妃様とカルロ王がご結婚されるときには、別の王妃候補を立てようとして争ったとか聞いてことがありますわ」
「そんな昔の話、よく知ってるわね」
「有名ですもの」
テレーズは何の気なしに呟くけど、いつもながらこの子は本当に宮廷の噂の端から端までよく知っている。
「セレナ公爵の長男の方は舞踏会なんかで会ったことあるけど、アスランは初顔よね」
「そうですわね。公爵家の息子であれだけのイケメンでしたら、女たちの噂にならないはずがありませんもの」
「……急に取り立てられたのは、何かあるのかしら」
匂う。
なんだか、いい感じに香ばしい匂いが漂ってきて、少しワクワクする気持ちが湧いてくる。
「テレーズ、ねえ……」
「ふふ、お任せください」
心得たとばかりに、テレーズが胸を張る。
「情報を集めてみますわ」
「お願いね」
あの男のことが分かれば、黙っていいようにされなくて済むかもしれない」
「それは任せていただいて構わないんですけれど……でも」
「ん?」
テレーズが言いにくそうにそっと口を開く。
「……レティシア様は、本当にどうなさいますの?」
「え?」
「結婚ですわよ。まさか、本当に独身主義というわけではございませんでしょう?」
「……っ」
テレーズの素直で真摯な瞳に、胸をぐさっと突き刺されたような心地になる。
「大丈夫よ、ちゃんと考えてるわ」
「本当に?」
「本当よ。それより頼んどいてなんだけど、貴女もちゃんと結婚休暇を取りなさいね。新婚家庭を邪魔する気はないんだから」
「それでしたら、ちゃんと領地視察の折に取るから大丈夫ですわ」
安心したように、テレーズが小さく頭を下げる。
そう……自分の立場は自覚しているし、結婚したくないわけでもない。
むしろ、結婚するならお母様の轍は踏みたくないだけだ──

次回更新は3月号です!

ここから先は

0字
この記事のみ ¥ 200
期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?