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落ちない花火【♯4】

あの後、彼からの連絡はなかった。もしかしたら何かしらフォローがあるかも、なんて期待は当然のように空を切った。数日間冷蔵庫の真ん中にドカンと置かれたお好み焼きは私の心の中の彼の存在のようで、冷えたそれをレンジで温めたけれど中心はまだ冷たくて、更に加熱したら食べられないくらいに固くなってしまった。それでも捨てる気にはなれなくてバリバリと食べていたら何だかまた涙が溢れてきた。食べ終わる頃には涙も収まり、彼にメッセージを送ろうという気持ちになった。

私の想いは駄々漏れだと思っていたが、実際のところどう思われていたのかわからない。記憶は曖昧だが、好きだ、というような事は言っていない気がする。あちらも私の出方を待っているかもしれなかった。

好きだ、と思う。
初めて会った瞬間から、凄い吸引力で惹かれた。適当そうに見えて音楽にだけは真摯なところも尊敬していた。でも彼を知れば知るほど彼女になりたいとは思えなかった。近づきすぎればお互い壊れてしまう気がした。結婚願望はもともとない。強く惹かれるからこそ、消耗するとわかっている恋愛に身を投じられる程若くはなかった。でも失いたくない気持ちも大きかった。

『こないだはごめんなさい。酔った勢いでこんなことになったけど誰でも家に入れている訳じゃないよ。出来ればこれからもお友達でいたいです。』

クズ女のような文章だ。自分の彼氏の浮気相手がこんなメッセージを送って来たら怒り狂うだろう。しかし他に何と伝えれば良いのかわからない。いくら考えてもいい言葉が思いつかないので半ばやけになって震える指で送信ボタンを押した。色々考えても私の想像でしかなく、あいつがどう思っていたのか少しでも知りたかった。

既読になり身体が緊張する。すると着信音が鳴りビクッと肩が上がる。電話だ。あいつからではない。


「はい」
「もしもし?ユウちゃん?お久しぶりー!倉田です。」

去年まで在籍していた楽団の友達からだった。

「ひさしぶり!どうしたの?」

彼の事も知る友人からの突然の電話に胸の奥から罪悪感が顔を出す。あまり長くは話せない気がした。

「11月の頭に皆で集まろうって言う話があってさ、ユウちゃんもぜひ来てもらいたくて!」

「あ、そうなんだ。声かけてくれてありがとう。私も行っていいの?同窓会みたいな感じ?」

楽団の皆に会えるのは単純に嬉しい。ただ、あいつが来るかどうかが気になるところだ。会いたい気持ちはあるけれど、そういうわけにはいかないだろう。でも同窓会的な事ならあいつの知らない人も沢山来るだろうし、誘われていない可能性が高い。

「木谷さんて覚えてる?」

急な彼の名前に心臓が大きく波打つ。
なるべく平静を装って「もちろん」と答えた。

「実は木谷さんがさ、今度結婚するんだって。ずっと同棲してた彼女と。結婚式は内々でやるらしいからこっちはこっちでお祝いしようってなって。」

頭が真っ白になる。結婚?数日前に私と寝た男が?このタイミングで?どういうことかさっぱりわからない。

これ以上冷静に話を続けられる気がしなくて適当な理由をつけてとりあえず電話を切った。静かになったスマホにメッセージ受信のマークが付く。恐る恐る開いてみると彼からだった。

『こちらこそ。もちろんだよ。』

私のメッセージへの返信だ。この文章からじゃ何もわからない。私への気持ちも、結婚がいつ決まったことなのかも。ただ、また会おうとしていない事は伝わってくる。色々問い詰めたい感情が湧き上がって来るのと同時に言いようのない虚しさが襲って来た。もう枯れたと思っていた涙がまた頬を伝っている。問い詰めた所で何かが変わるわけじゃないだろう。彼女からあいつを奪いたい訳じゃない。今私が出て行けば2人の関係にヒビ位入れられるかもしれないが、そんな事は望んでない。誰かを不幸にして奪った人と幸せになれるとも思えない。悪魔になりきれない私は黙って海に沈むしかないのだ。

『ありがとう』

何も知らないフリをしてそれだけ送った。自分からは結婚のことは言わず、楽団の誰かからいずれ伝わると思っているのだろう。ずるい男だ。私が反逆しないって事も分かっているのかもしれない。

皆には悪いけれどパーティーは欠席しよう。あいつとはもう会わない。こんなに心を開いた相手の気持ちが何もわからないままなのは悲しいけれど、29歳、せめて引き際くらいは潔くいたかった。

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片付けに追われているうちにあおむしはいなくなっていた。上司かなんかに連れられて帰ったんだろう。あの泥酔っぷりからすると女と消えたとは思えなかった。明日目が覚めたら今夜の事はどれくらい覚えてるのだろう。あの様子じゃ私の事などもちろん、友達のように酒を交わした男の事もキスをしていた女の事も記憶から消えているかもしれない。

あんなに楽しそうにしていながら覚えていないなんて虚しくないんだろうか。それとも自分の中の虚しさを埋めるために酒を呑み、女と絡むのだろうか。


だからはらぺこあおむしなのか?自分を掲示していたのか?

「ださ…」

思わず口に出して少し笑ってしまった。そのダサさにさっきの失礼に対する怒りも少し和らいだ。

あいつもそうだったんだろうか。何かを埋めたくて私を呼び出したんだろうか。一瞬でも私は埋められたんだろうか。あいつはいったい何を埋めたかったんだろう。そんな話が出来れば一歩踏み込めたのだろうか。

あいつは私の最後のピースだった。初めて会ったときにぴたっとはまるのを感じた。『探してた人にやっと会えた』と思った。でも私は彼のピースではなかった。彼を失い、私のパズルもまた崩れてしまった。

薄っすらと自分を支配する満たされない物の正体は、自分でも分からないものなのかもしれない。私もあいつもきっとはらぺこだったのだ。


まだ片付いていなかったがあがる時間となり、「よく働いてくれたから」と報酬を2万円貰った。予定の倍ほどの額に少し心が浮かれた。帰りの電車を調べようとスマホを取り出すと専門学校からメッセージが届いていた。来年度の時間割の変更が検討されていて、産休の先生が戻ってきてからも講師を続けないかという内容だった。今より枠が増え、収入も増えるようで悪い話ではなさそうだ。演奏したい気持ちは消えないが、その場所はまた探せばいい。

いや、と返事を打とうとした手を止めてとりあえず駅に向かった。もう夜も遅い。今急いで返事をすることも無い。とりあえず帰ったら何か食べて風呂につかり、よく寝てから考えよう。大事な話の返事をするのはそれからだ。

行きの電車では少し感傷的になってしまったが、今は光るレインボーブリッジを見てきれいだとも思える。

最寄り駅に着いたらいつもよりちょっとだけ良いビールを買おう。酔ったらまた思い出して泣くかもしれないけど、今は悲しみが薄れるのを待つしかない。

食べ物も沢山買おう。お好み焼きはしばらく食べられないかもしれないが、他にも好物なら沢山ある。今日は頑張った。いや、こんなに辛い日々なのに私は頑張って生きているじゃないか!えらい。私くらい私を認めてやろう。

あの日から止まってた時間を動かすのだ。
そのためにはおなかはすいていない方が良い。



                   END



♯1〜♯3↓



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高橋奏
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